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執筆者の写真雪女 雪代

第二話『鳥竜無双』

 神酒の海と呼ばれる月面の平原で、メギドは地球を見つめていた。

 一億年前と変わらぬ、青い星。嘗ては、破壊する側に立っていた。

 あの時、奇跡を起こした存在は天音八雲以外にも三人いた。条件は無数の魂の中で個を保てるほどの強烈な自我。

 愛する者の為、内に宿した赤子の為、消え去る事を拒んだ八雲。

 同様に、彼女も、彼女も、彼も、消え去る事を拒んだ。地の竜が生み出した四体の怪獣は、その奇跡の存在の再現だ。

 

 ――――オルガやヒヒオウは?

 ――――奴らも動く。この時まで、契約者の存在を地の竜やAIに気づかれないように隠してきた。

 

 一億年前、彼らはウルガに身を捧げた。それは、マシーン・アルヴァが完成するまでの間、無数の怪獣達から人類を守るために真なるアルヴァの進撃を食い止めるためだ。そして、ウルガがマシーン・アルヴァに吸収された時、彼らもマシーン・アルヴァの内に取り込まれた。

 彼らが覚醒させた自我は、一億年前の彼ら自身。人類を……、より正確には契約者を救う為に彼らは行動する。

 だが、その事を地の竜とAIは知らない。彼らが気づかせなかった。


 ――――あいつらは……、もう壊れてしまっているからな。


 一億年。その間、彼らは人類を救う為に戦い続けた。計算を行い、試行を繰り返し、人類の明日を掴む為に。

 けれど、人類の未来はある時点で必ず行き詰まる。


 ――――ゴッドはあまねく魂の集合体であり、この宇宙の源だ。それを滅ぼすという事は世界を滅ぼす事と同義だ。今存在する生物は生き永らえるだろうが、新しい命は一切芽生えない不毛の世界がやって来る。草木も、獣も、虫も、人も、すべてが潰える。

 ――――でも、ゴッドが存在する限り、真なるアルヴァは現れ続ける。

 ――――だから、わたし達は考えた。そして、一つの結論に達した。


 メギドはゆっくりと空へ昇っていく。見上げていた地球を見下ろす位置に浮かび、地上を睥睨する。


 ――――沙耶香。一億年前、わたしはお前と出会った。あの時のお前は肉体の死を迎え、脳を戦闘機のAIとして利用されている状態だった。それでも、あの時のお前は己を見失わず、人類の、なによりも自分の未来を諦めなかった。

 

 激戦が繰り広げられる中で口の中に飛び込んできた戦闘機。それが沙耶香だった。彼女は怪獣メギドを体内からミサイルで爆殺しようとしたが、生憎とメギドの体内は高電圧にも耐えうる頑強さを誇っていた。それでも、彼女は高圧電流に晒されながら銃を撃ち続け、死の間際まで抗い続けた。


 ――――十八年前、わたしはお前と再会した。ずっと、探していた。ずっと、求めていた。

 

 契約者の不在は体の一部が、それも最も重要な器官が欠けているようなものだった。苦しくて、狂おしくて、嘗てのように破壊者として暴れまわった。

 

――――お前もわたしも諦める事を何よりも嫌う。


 地上が赤く染まっていく。始まったのだろう。


 ――――AIめ、時計の針を早めたな。おそらくは地の竜……、マシーン・アルヴァの生体金属を活性化させたのだろう。前にも、それで|最終戦争《ファイナルウォーズ》が早まった事がある。

 ――――でも、真なるアルヴァの出現は常に固定されているんでしょ? なら、むしろ早い内に取り巻きを始末できて万々歳じゃない。


 沙耶香の軽口に「まあな」と答えながら、メギドはゆっくりと降下を開始した。


 ◆


 世界が終わろうとしている。

 各地に出現したSDOに対して、人類は為す術が無かった。なにしろ、数が多過ぎる。すでに百を超す国家が世界地図から消えてしまった。 

 特定災害対策局の本部では局長のマイケル・ミラーや副局長のジェイコブ・アンダーソンを筆頭に局員総出で被害を抑えようと奮起していた。対SDO用超兵器・|神殺しの杖《GKS》の再装填準備も急ピッチで進められている。 

 

「ロシアのミュトスの撃墜完了!」

「モンゴル人民共和国にワイルドハンター出現!」

「イスタンブールのエクシオン撃墜完了!」

「シンガポールにレジール出現!」

「インドネシア、消滅!」


 倒しても、倒しても、次から次へと新たな怪獣が現れる。今のペースでは、48時間後に人類は防衛力に優れた超大国と何故かヘルガを最後に怪獣が出現していない日本を残して全滅してしまう。

 そして、世界中の怪獣が向かってくるとなれば、超大国の軍事力を集結させたとしても長くは保たないだろう。

 万事休す。その時だった――――、


「局長! 日本より、ウルガが飛び立ちました!」

「なんだと!?」


 報告と共に司令部のモニターに映像が映し出される。

 そこには、スピードに特化したイクサ・フォームのウルガの姿があった。その飛行速度はマッハ20。瞬く間にユーラシア大陸に到達し、そのまま中国で暴れまわるルビカンテを両断した。ルビカンテはその一撃で崩れ去り、その内から現れた光はウルガの体へ吸収されていった。

 ウルガはそのまま北上し、シュラードとギノスが暴れまわるロシアへ向かう。


「あ、圧倒的だ……」


 誰かが零した言葉。それは、司令部の全員の総意でもあった。

 ミサイルが飛び交う激戦区を悠々とくぐり抜け、ウルガはシュラードとギノスを文字通りに瞬殺したのだ。二体に反撃する暇など無かった。それどころか、ウルガの接近に気付いた時にはすでに胴体を両断されていた。

 

「これが……、ウルガ。最強の怪獣……!」


 これまでは日本の防衛のみに専念していた守護神が日本を飛び出して戦う姿に司令部は湧いた。

 人類の滅亡が秒読み段階に入っていたさっきまでの状況が嘘のように、SDOを示す赤い光が地図から消えていく。

 如何なる怪獣であっても、ウルガには敵わない。それはそうだ。そもそも、怪獣達の中でもっとも能力の高いアルヴァやメギドが一度として敵わなかった存在、それがウルガであり、だからこそ日本は世界で一番安全な国でいられたのだ。

 

「やれ! やっちまえ、ウルガ!」

「うおー、守護神様!」

「圧倒的過ぎる……!」

 

 興奮のあまり騒ぎ出す者が出る中で、一人の冷静な局員が状況の変化を報告した。


「局長! 月面より、メギドが地上へ降下して来ます!」

「なんだと!?」


 ウルガを映す画面が小さくなり、その隣に降下して来るメギドの姿が映し出された。


「降下地点の予測は!?」

「ブラジルです! ウルガの現在地から最も離れた地点に降り立とうとしています!」

「ウルガを警戒しているのか?」


 ジェイコブが呟くと同時に画面の中のメギドが稲妻を迸らせた。


「イカン……!」


 メギドはアルヴァに匹敵する凶獣だ。飛行能力がある分、むしろ厄介度ではメギドが上だろう。雛鳥の時は敗北したが、成鳥となった今代のウルガの圧倒的な力を持ってすれば問題なく倒せるだろう。

 しかし、ウルガは現在ユーラシア大陸に蔓延る怪獣達の掃討に追われている。驚くべき速度だが、ウルガが十体の怪獣を倒す間に新たな怪獣が新生し、暴れ始めている。

 とても、地球を半周してメギドを筆頭とした南北のアメリカ大陸の怪獣に手が回す余裕がない。


「諦めるな!」


 マイケルは叫んだ。


「……ユーラシア大陸はウルガに任せる。我々は全戦力をもってアメリカ大陸を守り切るぞ! 人類の意地を見せるのだ! 怪獣に負けるな!」


 局長の号令に局員達は間髪入れず返事をして行動を開始した。

 ユーラシア大陸及びアフリカ大陸はウルガに任せ、対策局の全軍をアメリカ大陸へ集めていく。


「局長!」

「どうした!?」


 局員の一人が声を張り上げた。


「メギドがブラジルで暴れていたシュマンシュを倒したました! それに、これは……、メキシコに出現したアルピネストへ向かっています!」

「どういう事だ!?」

「アルピネスト、撃破されました! 雌雄両方です! メギドは更に北上! グリザリアが暴れているニューヨークを目指しています!」

 

 メギドは人類を無視して、怪獣を標的に定めている。その事実をマイケルは瞬時に呑み込む事が出来なかった。


「メギド……、一体、なにを企んでいる!?」

「グリザリア、撃破されました! 同時にマンハッタン、カナダに新たなSDO出現! メギド、マンハッタンに向かいます!」

「ウルガ! 水中に潜り、シーザーを撃破!」


 モニターに表示されている世界地図から次々に赤が消えていく。驚異的な速度だ。それほど、ウルガとメギドは強かった。抵抗するSDOもいるにはいたが、彼らの命が二体の強獣の姿を捉えてから五秒以上持つ事はなかった。

 数時間前とは打って変わって静まり返った世界。モニターに映る二体のSDOにマイケルは目を細めた。

 未だ、新たなSDOが絶えず出現しているが、出て来た端からウルガとメギドが倒している。こうなると、ウルガとメギドにとって、敵は互いのみとなる。二体がぶつかり合えば、どちらかが散る事になるだろう。そして、生き残った方も致命的な傷を負いかねない。


「……もし、ウルガとメギドがぶつかり合うようなら、我々は全力でウルガを援護する」

「し、しかし、メギドはアメリカ大陸を……!」

「守ってくれた。だが、本当に守ろうとしていたのかは分からない。少なくとも、ウルガは人類を守る意志を持っている。ならば……、恩を仇で返す事になってもウルガを援護するべきだ」


 ジェイコブの言葉に反論しようとした局員は押し黙った。

 けれど、二体はそれぞれの持ち場を守るが如く、ウルガはユーラシア大陸を、メギドはアメリカ大陸を周回し、現れるSDOを討伐するばかりだった。


「……どうなっている?」


 それから二十四時間。対策局は警戒を一部解除し、被害区域の復興に取り掛かろうとしていた時、その声は全世界に響き渡った。

 その声を聞いた瞬間、誰もが恐怖した。ある者は吐瀉し、ある者は気を失い、ある者は悲鳴を上げ、ある者は狂騒に駆られた。

 太平洋の中心に、それは現れた。

 信じ難いほどに巨大。500メートルを超す巨大生物が唸り声を上げる。


「……アルヴァ、なのか?」


 マイケルがその映像を見て、呆然と呟いた。

 映像のアルヴァが動く度、地面が大きく揺れ動く。そして、アルヴァの周囲に赤い光が溢れ出した。


「撃つ気なのか……?」


 100メートル規模のアルヴァのソレは一つの都市を融解させた。

 500メートルの巨体を持つアルヴァのソレは……、


「ア、アルヴァ! 光線を発射します!」


 局員の報告と共に映像の中のアルヴァの口から光線が放たれた。

 その射線上にあるのは――――、日本。


「この威力……、日本が消滅します!」

「ウルガ、超高速で射線上へ移動しますが、間に合いません!」


 映像は白一色に染め上げられた。そして、一際大きな衝撃が司令部を襲った。


「ど、どうなった!」


 ジェイコブが叫ぶ。


「これは……、日本が……!」


 映像が復帰する。そこには500メートル級アルヴァと、その視線の先に佇む炎を纏った獅子の姿があった。


「まさか……、あれは!」


 獅子の横には、サメの如きSDOの姿もあった。

 そして、彼らの後ろには――――、


「無事です……! 日本は無事です!」


 報告員の叫びと共に映像の巨大な獅子とサメがアルヴァに向かって進み始める。


「ヒヒオウ……。それに、オルガか……!」


 映像には、同時にアルヴァへ向かうウルガとメギドの姿も映し出されていた。

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