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執筆者の写真雪女 雪代

第四話『ウルガ』

 無数の命が産まれ、そして、消えていく。

 何十、何百、何千、何万、何億……、数える事すら馬鹿らしくなるほどの人生を体験した。

 わたしになり、オレになり、ぼくになる、わしになる。

 時には虫に、時には恐竜に、時にはアザラシに、時には鳥になる。

 

『ウルガ ウルリヤ』


 歌声が響く。優しい音色、穏やかな歌声、心を満たす旋律。

 目の前に少年がいる。見覚えがある。だけど、思い出せない。


『|愛しきモノよ《カム アダラフ ケカシフク》。|共に育みし絆を胸に《サヤ メメリハラ デンガン ケドゥア》、|わたしは祈る《オラン ツア ダン イカタ サヤ》』


 少年の姿がぼやけていく。けれど、歌声が響き続ける。

 抑えきれないほどの感情が躰の内側で暴れまわっている。その感情の正体が分からない。それが辛くて堪らない。


『|あなたの幸福を《ケバハギア アンダ》、|あなたの未来を《マサデハン アンダ》、|あなたの生を《ヒドゥフ アンダ》』


 景色が流れていく。初めて見るはずの、懐かしい景色。

 燃え盛る大地を歩むメギド。海を割るオルガ。天空を舞うヒヒオウ。

 戦って、戦って、戦って、戦い続けた。それを辛いとも、苦しいとも、悲しいとも思わない。

 

『|あなたの傷はわたしのもの《ルカム アダラフ ミリク》。|あなたの痛みはわたしのもの《ラサ サキトム アダラフ ミリク》。|あなたの怒りはわたしのもの《ケマラハンム アダラフ ミリク》』


 守るべきものは、救うべきものは、愛するべきものは常に背の上に。

 どれほど傷つこうとも、どれほどの痛みを味わおうとも、どれほどの数の同朋を屠ろうとも、背に負いし、儚き魂を守る事こそが至上。

 

『|偉大なる魂を持つものよ《アンダ メミリキ ジワ ヤン ヘバト》。|掛け替えのない魂を《アンダ メミリキ ジワ ヤン》|持つものよ《チダク ダパト アンダ ウバフ》』


 他に望む事は何もない。ただ、儚き魂に幸あれと、儚き魂に光あれと、それだけを祈り、魂を燃やす。

 空の向こうへ、海の底へ、炎の渦へ、暗黒の深淵へ、どこへなりとも赴こう。

 

『|我が魂をあなたの傍に《セライン ディリム ジワク》』


 儚き命が散ろうとしている。

 守ろうとした。救おうとした。けれど、儚き魂は光を失おうとしている。

 張り裂けてしまいそうだ。失いたくない。儚き魂を永遠に離したくない。

 

『ウルガよ! 我らは未来に望みを託す! その為にその身を捧げて欲しい!』


 小さき魂の語りに耳を傾ける。それが儚き魂を救う事になるのなら、喜んで捧げよう。この身も、この魂も、すべては儚き魂の為に……。


 ◆


 途中から、オレは自分を取り戻していた。切っ掛けは分からない。

 一億年前のウルガの記憶を追体験している内に胸がかき乱されて、いつしか自分の躰を取り戻し、ウルガの記憶を俯瞰的に見つめていた。

 人が作り上げた竜の中で眠っていたウルガは竜を守る為の守護者として起こされた。竜の中で眠った事で、竜の姿に近づいたウルガはバルガと呼ばれた。

 混濁する意識の中でバルガは喪失感に悩まされていた。そんなある時の事、バルガと同じく守護者として目覚めさせられたメギドが暴走した。同朋たるヒヒオウとオルガは動かず、バルガはメギドを止める為に立ち向かった。けれど、バルガは敗れた。

 戦う意義が分からなかった。戦う為には意義が必要だった。

 朽ちゆくバルガ。竜はそれを善しとしなかった。人間の魂を取り込ませる事で、破壊の意志たる竜の外装を解していく。嘗ての姿を取り戻したウルガは自分に命を捧げた魂達に報いる為に戦うようになる。けれど、どうしても喪失感は埋められなかった。

 滅びる度にウルガは竜によって蘇させられる。埋まる事のない喪失感、終わることのない戦いにウルガは代わりを求めるようになる。

 共に生き、共に果てる者を求め、その者と命を共有する。その者が果てれば、ウルガも果てる。ウルガが果てれば、その者も果てる。

 寂しさは少し埋まった。

 完全に滅びれば竜の中に戻される。ウルガは竜の中に戻る事を拒み、命の半分を卵として残すようになった。

 果てる度、魂は卵へ還る。そのサイクルを繰り返す度、ウルガは自分が何を求めていたのか、なんの為に戦っているのか、また分からなくなってきた。

 時には、割れた自我が二つの躰に分かれて卵から飛び出す事もあった。時には魂が還らぬまま卵を飛び出す事もあった。

 けれど、ある少年と出会う度、ウルガは本当の自分を取り戻す。

 ようやく取り戻した片割れ。

 絆を育みし存在。

 愛すべきもの。

 守るべきもの。

 救うべきもの。

 再び巡り合う儚き魂はウルガの心の隙間を埋める。

 そして、運命は繰り返される。

 儚き魂は人類を救う為に命を投げ打ち、命の光を絶やしてしまう。その度にウルガは嘆き、苦しむ。


 何度も出会い、何度も失う。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。

 

 やがて、ウルガは気づく。

 共にいたい。その祈りが儚き魂の命を散らすのだと……。

 それでも、求めずにはいられない。

 だから、ウルガは自ら魂を割った。


「……康平」


 気がつくと、目の前には瞼を閉ざした康平とレオが並んでいた。


「そういう事よ、翼くん」


 いつの間にか、傍に沙耶香さんが立っていた。隣には見覚えのある金髪の女性の姿がある。


「康ちゃんは先代のウルガが産み落とした卵から産まれた存在。レオと康ちゃんは兄弟なのよ」

「で、でも……、康平は人間で……」


 オレの言葉を金髪の少女が遮った。


「ちなみに、わたしがメギドだ」


 彼女は言った。


「この姿はウルガを真似たものだ。魂を分け、人の姿を真似る。そこまで難しい事じゃなかった。なぜなら、わたしの中にも、ウルガの中にも、たくさんの人間の魂が渦巻いていたからだ」

「康平が……、ウルガ。レオの兄弟……」


 眠る康平にレオは「キューキュー」と鳴きながらちょっかいを掛けている。

 

「康平は……、自分の正体を知ってるのか?」

「……ううん。康ちゃん自身はなにも知らない」


 沙耶香さんは言った。


「十八年前、メギドと一億年ぶりの再会を果たしたわたしは、その時はメギドの事を覚えていなくて逃げ出した。そして、わたしを求めるメギドを先代のウルガは封印というカタチに留めたの。その封印の地に康ちゃんの卵も産み落とされたわ。そして、十四年前、わたしは京都に里帰りした時にメギドと再会を果たした。そして、彼女と出会った場所に彼女と共に封印の地から移動して来た康ちゃんの卵と出会った。卵はすぐに孵って、元気な赤ちゃんが産まれたわ。わたしはウルガの卵から産まれた男の子をメギドと相談して連れて返った。お父さんも、お母さんもわたしを贄神にした祖父と陰陽連に憎悪を燃やしていたから、二人の事が陰陽連に告げ口される事もなかった。ひょっとしたら、先代のウルガはそこまで考えた上でメギドの封印の地に卵を産んだのかもしれない」

「……一億年ぶりの再会だとか、十四年前の事とか色々気になるけどさ」


 康平に近づいていく。


「オレのすべてを寄越せとか、重たい事言ってくるな―って思ったけど、一億年分なら……まぁ、仕方ないのかな」


 康平に触れると、その感情が流れ込んできた。

 人間になったからか、レオから感じるものとはずいぶんと違う。けれど、確かな愛情を感じた。


「……康平」


 一度抱きしめた後、沙耶香さんに向き直る。


「オレ、生きなきゃいけないみたい」


 一億年という月日の中でウルガに味あわせ続けてしまった絶望。

 もう、二度と味合わせるわけにはいかない。

 人間になってまで、オレを求めてくれたウルガにオレも返したい。


「……うん。じゃあ、始めよっか! ねえ、雪音! 秋人!」


 沙耶香さんが振り向くと、そこにはさっきの爽やかイケメンとヨダレを垂らしていた危なそうな女がいた。

 それぞれの後ろにはヒヒオウとオルガがいる。


「ここはGodの内側。魂の渦巻く世界。だけど、わたし達以外の魂はそんなに強い意志を持っていないの。ただ、存在したい。それだけよ。だから、わたし達が強く願えば、それがGodの意志になる!」

「願えば、それがGodの意志に……」

「そう。この魂すべてが存在する事を許される理想の世界。それをわたし達が作り出すの!」


 オレ達は手をつないだ。

 必死に理想の世界を思い描く。

 そして……、


「……最後の最後まで邪魔しようってわけね」


 沙耶香さんが苦々しげに呟いた。

 視線の先、そこには白き竜が牙を剥いていた。


「かき乱される事を嫌がったってところかな」


 爽やかイケメンが呟く。


「破壊の意志がわたし達を排除しようとしている。さながら、あのアルヴァはこの世界の白血球ってところね」


 危なそうな女が言った。


「メギド」

「あいよ」


 金髪の少女の姿が瞬く間に黄金の竜へ変わる。そして、ヒヒオウとオルガも竜と並び立つ。


「キュー!」

 

 レオも彼らの横に立った。

 アルヴァはそんな四体を憎々しげに睨みつけると、高らかに吠えた。

 

「頼む、レオ!」

「キュー!」


 オレ達は再び祈り始めた。

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