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執筆者の写真雪女 雪代

最終話『再誕』

 百三十八億年の間、レオと名付けられたウルガは、この瞬間を待っていた。

 アルヴァ。この存在との因縁は一億年どころではない。

 産まれる事の出来なかった魂達の怨嗟を背負うもの。既存の生命を滅ぼさんとする破壊神。それが、アルヴァ。

 この世に生まれ落ちた者達の生きたいという願いを背負うもの。破壊神に抗う守護神。それが、ウルガ。

 それが二体の怪獣の真の正体。

 人間達はウルガをバルガから産まれた存在だと思いこんでいる。けれど、それは違う。

 ウルガは今を生きるもの達の生きたいという祈りが結晶化した存在であり、バルガはアルヴァが嘗て戦った唯一の敵対者であるウルガを基に作り上げた偽物だ。バルガこそ、ウルガから産まれた存在と言える。

 バルガはウルガにとってはじめての同類であり、守るべき存在であるヒトとバルガの因子を受け継ぐ翼という少年はまさに特別だった。それ故に、一億年前に顕現した時は翼の前に現れた。

 一億年前から変わらず存在する人類最期の拠点たる護国島。

 その場所で、彼らは出会った。


『ウルガ……。|君は、ウルガ《ウルリヤ》』


 か弱い肉体に包まれし、儚き魂。同類にして、守るべきもの。

 その時、はじめてウルガは使命を忘れ、守りたいという感情を抱くに至る。

 感情はウルガを弱くした。感情はウルガを苦しめた。それでも、ウルガは感情を抱き続けた。

 すべては、この時の為。

 儚き魂を守る。そして、あまねく魂を守る。

 使命と感情を一つにする。


 ◆


 ――――沙耶香を守る。

 

 長き年月の果て、出会った同朋。メギドの言葉が心に響く。ヒヒオウ、オルガの感情が渦を巻く。

 祈りの声を背中に受け、ウルガは羽ばたく。

 対するアルヴァもウルガに対して牙を剥き出しにする。滅ぼしても、滅ぼしても、何度でも蘇ってくる邪魔者。いい加減、鬱陶しい。


「キュー!」


 ウルガは鳴く。


 ――――邪魔をするな。これはあまねく魂の救いである。貴様の破壊が無くとも、新たなる世界はすべての魂に祝福を与える! 


「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 アルヴァは吠える。


 ――――問答など無用。滅ぼすか、滅ぼされるか、それだけの事。


 ウルガはその身を光に変える。音速などという生易しいものではない。

 光の伝達速度たる亜光速をもって、アルヴァに襲いかかる。

 対するアルヴァは体内の莫大なエネルギーの制御を放棄する。暴走したエネルギーはアルヴァの躰を赤く染め上げ、その莫大な力は次元すら歪ませるウルガの突撃を受け止め、その身を焼き焦がす。


「キュー!」

「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 アルヴァの莫大なエネルギーに対抗するため、ウルガの肉体がヒヒオウの紅蓮の鬣を構成する物質に変化していく。

 そして、吸収を得意とするオルガの力で熱量を取り込み、変換したエネルギーをメギドの稲妻として放出する。


「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 膨大なエネルギーのぶつかり合いにアルヴァは苦悶の声を上げ、暴走するままのエネルギーをウルガ目掛けて吐き出した。


「キュ!」


 ウルガは咄嗟に回避すると、ヒヒオウの力を重ねたイクサ・フォームへ姿を変え、紅蓮の刀翼でアルヴァの躰を引き裂いた。アルヴァはエネルギー波をウルガへ向け続けるが、光に等しき速度を捉える事は出来ない。


「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 ならばと、アルヴァはその全身からエネルギーを四方へばら撒いた、

 死角無しの全方位一斉攻撃。如何なる速度を持ってしても回避は敵わず、その攻撃の一部は祈りを捧げる者達へ向かっている。

 ウルガは翼達を守るべく射線上で最大防御の体勢を取る。それこそが、アルヴァの狙いだった。

 静止したウルガにアルヴァは本命の一撃を繰り出す。翼達を守る為に避ける事を許されないウルガはアルヴァのエネルギー波を真っ向から受け止めた。

 そして――――、


「キュー!」


 そのエネルギー派を弾き返しながら、アルヴァの口元目掛けて突き進む。

 はじめは思考すら持たない生き物達の僅かな生に対する執着心だった。

 けれど、少しずつ、少しずつ、祈りは積み重なってきた。

 人間という、大きな感情を抱く生物の祈りは事さら強く。一億年の間に何十、何百と繰り返される滅びと再生の中で極限へ至る。

 この一億年のサイクルの中で、ウルガは地球でなら真っ向からアルヴァを打ち破れる存在にまで至っていた。Godの中、真なる力を発揮するアルヴァに対しても、もはや劣らぬまでに成長を遂げていた。

 

「キュー!」


 そして、今やそれだけではない。

 翼や沙耶香達の祈りによって、Godの意志がウルガの側へ傾き始めている。アルヴァの力は衰え、ウルガの力は増大していく。


「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 惑星すら消し飛ばすエネルギー波の中を突き進んでくるウルガに対して、アルヴァは一歩踏み込む。

 全身を融解させ、臨界を超える――――。


『レオ!』

『メギド!』

『ヒヒオウ!』

『オルガ!』


 祈りを捧げる者達の声がウルガに届く。Godは完全にウルガの側へついた。

 

「キュイ!」


 ウルガの躰は眩く輝き始める。

 虹色の極光を纏い、究極を超える。

 そして……、


「キュー!」


 アルヴァの肉体を打ち砕く。


「■■■■■■■■■■■■ッ!」


 アルヴァは吠えた。けれど、それは断末魔の叫びに過ぎなかった。

 雄叫びが止むと共にアルヴァの肉体は粉々に砕け散った。

 アルヴァの敗北は同時に旧世界は終わりを告げた。

 翼達の祈りに呼応したGodによって、二度目のビッグバンが始まる。

 ウルガは今世の魂すべてを取り込み、その身を盾とした。

 宇宙が終わり、宇宙が始まる。天地開闢の瞬間、無限に等しきエネルギーがウルガを襲う。


「……キュー」


 それでも、ウルガは耐え忍ぶ。

 

「キュー」


 戦うべき相手はもういない。それでも、守るべき魂が内にある。 


 ◆


 宇宙が安定する。

 星が生まれる。

 惑星が生まれる。

 恒星が生まれる。

 無数の銀河が生まれ、そこに無数の魂が生まれ始める。

 ウルガは待つ。その星が生まれる時を何万年も、何億年も、何兆年も……。

 ようやく、その恒星が生まれた。

 ようやく、その惑星が生まれた。

 ようやく、彼らの明日を始められる。

 ウルガは緑豊かな星に彼らの魂を解放した。 

 そして、いつからか棲家となった島で眠りにつく。

 輪廻が巡り、文明が生まれ、そして、その時が来るまでウルガは待つ。

 幾千年、幾万年、幾億年、その時が来るまで、ずっと……、ずっと……。


 ◆


「レオ……?」


 いつかのように、その魂はウルガを見上げた。

 

「キュー」


 ウルガは歓喜した。

 もう、この魂を傷つけるものはなく、この魂の未来が閉ざされる事もない。


「レオ!」


 崩れていくウルガの躰にすがりつく少年。


「キュー」


 ウルガは少年に寄り添う己の半身に告げる。


 ――――この魂に幸多き未来を。

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