『待って……!』
頭の整理が追いつかない。
これは一億年前の映像だ。それなのに、知っている名前がいくつも出て来た。
天音靖友、八雲、坂上健吾。それに、靖友の子でありウルガと共に戦っていた少年。あれは、間違いない。忠久だ。
靖友や八雲の事はいい。オレはその二人を両親だと思っていたけれど、そもそも、その事をオレに教えたのは偽りの祖父であった|梁兼《ジジィ》だ。同様に、忠久の事も真偽があやふやだ。だから、この三人が一億年前の人物であり、血縁どころか赤の他人だったとしても不思議ではない。どうしてそんな嘘を教えたのか疑問は残るが、それだけだ。
問題は健吾だ。彼は間違いなく、オレの知っている坂巻健吾本人だった。
『なんで、健吾が一億年前に居るんだよ!』
―――― その疑問の答えこそ、一億年前と今を繋ぐものだ。
『一億年前と……、今を?』
◆
人類最後の指導者となった坂巻健吾は人々に語った。
靖友の妻、八雲はバルガという怪獣の中で生き続けた。それは肉体的な意味ではなく、精神的、あるいは魂としての生。そして、彼女が身籠っていた赤子も同様だった。
怪獣はGod……、すなわち、あまねく魂の集合体がこの宇宙に干渉する為の触覚であり、同時に魂の器でもあった。
五度繰り返された大量絶滅の後、宇宙には常に新たなる支配者が現れた。
それが意味するもの……、
『怪獣は破壊の意志と共に、創造の意志をも内包しているのです』
Godは常に新生を求めている。大量絶滅という破壊は新生という名の創造の為にある。
七霧八雲はそれが事実であると証明した。貪り食われ、破壊された彼女は怪獣バルガの創造の力によって身籠っていた赤子を新生させた。バルガの産んだ卵から産まれたもの、それこそが八雲の子であり、靖友の子である天音忠久だった。
『怪獣の力を利用すれば、再び人類は蘇る!』
健吾の演説は人々に希望を与えた。それほどまでに彼らは追い詰められていたとも言える。技術は残ったが文明を復活させられるほどのエネルギーが彼らには無かったのだ。あまりにも人が死にすぎた。あまりにも苦しみ過ぎた。あまりにも……、あまりにも……。
◆
人類再生プロジェクトは|地竜《マシーン・アルヴァⅡ》と忠久の|聖なる怪獣《ウルガ》を要としてスタートした。
はじめに敵対怪獣と戦いながら人類の魂を保護していたウルガを地竜に喰らわせ、更に生き残っていた人類も地竜の中へ取り込ませた。
計画の立案者である坂巻健吾も己の分身とも言えるAIを作成した後に他の者と同様地竜へ溶け込んでいった。
それはあまりにも勝ち目の薄い賭けだった。一度怪獣の中に溶け込めば、人は人ではいられなくなる。魂という無形となり、混沌へ堕ちていく。仮に計画が上手くいったとしても、そこに広がる世界が彼らの望んだとおりのものになるとは限らなかった。
その頃の地竜には自我などなく、人類の存亡は坂巻健吾の残したAIの手に委ねられた。そして、AIは地竜を操りながら孤独な戦いへ身を投じた。
この計画の最も重要な点は、人工物である地竜の怪獣としての覚醒にある。その為にAIはひたすら地竜に語りかけた。己を作り上げたオリジナルの願いを叶える為に、人類を救う為に、たった一人で語り続けた。
一万年が経過し、大地に緑が広がった頃、ようやく地竜は朧気な自我を手に入れた。
十万年が経ち、新たな生態が生まれようとした頃には地竜も幼子のような意識を持つに至った。
基は地竜の制御用AIとして搭載された最初の魂達が混ざりあったもの。百人の子供達の意識の集合体たる混沌がAIを親として学習を果たした結果だ。
更に百万年。ようやく、地竜は怪獣として覚醒を果たす。
真なるアルヴァを滅ぼし、怪獣ウルガを喰らった事が最たる要因だろう。地竜は卵を産んだのだ。
一万を超す卵から産声があがり、人類が新生した。
同時に地竜は破壊の力を封印する為に眠りにつく。嘗て、真なるアルヴァによって滅ぼされた地。日本にその身を委ね、ただ人類を新生させる為の器官のみを残して全機能を停止させた。
産まれたばかりの人類にAIは教育を施す。彼らこそ、後に特定災害対策局や陰陽連、魔術結社などと呼ばれる古の智慧を受け継ぐ者達の祖となる者達だ。
はじまりの者達はAIの指導の下で文明の再建を開始する。知恵や技術を活かすための設備の開発。数万年の間に再び地へ眠った資源の採掘。地竜の卵に依らぬ人類の創造。
時を数える事、更に数百万年。人類は文明を取り戻す。AIによる制御の下、日本で言うところの平安時代が幕を開けた。
人類の文明は歴史の積み重ねにより生まれ落ちたもの。それ故にAIは、その時点から慎重に坂上健吾が生きた時代の文明へ近づけていった。
けれど、ある時点で再び人類は滅び去った。
数百万年前に滅ぼした筈の真なるアルヴァが復活したのだ。その度にAIと地竜は真なるアルヴァと戦った。時には地竜自身が、時にはAIの作り上げた組織が、時には地竜が生み出した怪獣が。
滅びては再生し、再び滅びては再生する。まるでイタチごっこのような有様だった。
それが数十回と重なった時、AIは悟った。真なるアルヴァが現れる文明レベル。それが人類に与えられた猶予であり、それ以降の存続は許されていないという事を。
それでも、AIと地竜は抗った。けれど、ある戦いの折に地竜は致命的な傷を負ってしまう。二度と立ち上がる事の出来ない身となった地竜は四体の怪獣を生み出した。ヒヒオウ、オルガ、バルガ、メギド。
真なるアルヴァが現れる度に四体の怪獣は共に戦い、そして、真なるアルヴァと共に滅び去る。そして、再び生み出される。それが数百と繰り返されると、怪獣達に変化が起きた。それぞれに自我が芽生え始めたのだ。
特にメギドは強い自我を持ち、己の在り方に疑問を抱くほどだった。そして、人類という種に守るほどの価値があるのかどうか試すようになる。
次に大きな自我を持つバルガはメギドのその行動を諌めるために動くようになる。ある時点で二体の争いは殺し合いに転じるようになった。
メギドは他の三体と比べても戦闘に秀でた存在であり、バルガは常に敗北していた。そして、ある時から真なるアルヴァの復活を待たずにメギドによって人類が滅ぼされるようになった。オルガとヒヒオウがメギドと相打つまでに人類は滅び、再び元の状態に戻される。
地竜はAIと共に考えた。メギドなくして、真なるアルヴァは打ち倒せない。けれど、そのメギドが人類を滅ぼしてしまう。
オルガとヒヒオウは仲間意識が強く、メギドが完全なる人類の敵対者となるまでは決して立ち上がろうとしない。
故に、メギドを止められる存在はバルガのみだった。
地竜とAIが考えついた先は嘗て忠久と共に戦った聖なる怪獣ウルガだった。怪獣バルガが人の魂と混ざり合い、滅びた後に新生した存在。それを意図的に生み出す決断を下した。
人類に試練を下すメギドに対抗しようと立ち上がる者達を導き、その魂をバルガと同化させ、ウルガを誕生させる。その目論見は成功した。
ウルガは強かった。メギドを圧倒し、時には真なるアルヴァを単騎で相討ちに持ち込むほどに強力な力を持っていた。
けれど、繰り返される度にウルガの寿命は短くなっていった。それはメギドに殺される事を創造主である地竜に望まれている事に嘆いたバルガの心が原因だった。バルガは心優しく、それを運命と受け入れたが、繰り返される度に死を強く意識するようになり、ウルガに再誕した後も死が纏わりつくようになった。嘗ては一代で数千年を生きたウルガが数年から数十年で代替わりするようになり、その力も徐々に落ち始めていった。
そして、メギドもまた強烈な憎悪と憤怒を抱くようになる。試練を与えず、はじめから人類を滅ぼそうとするようになったのだ。
このままでは、いずれウルガもメギドに勝てなくなる。それは人類の終焉を意味していた。ウルガ以上の存在を生み出す事は地竜にも、AIにも不可能だったからだ。
そこで、地竜とAIは再び賭けに出る事にした。それは、はじまりの少年を蘇らせる事。ウルガと共にあった彼の力があればウルガを再び最強の存在に戻す事が出来るかもしれないと考えたのだ。
同時にAIは思った。これで運命の日を越えられないようならば、人類に未来はないと……。
―――― だから、AIはオリジナルである坂巻健吾をはじまりの少年と共に再誕させたのだ。それは不可能な事を押し付けられた事に対する怒りだったのかもしれぬ。あるいは、己で出来ぬ事をオリジナルに託したのかもしれぬ。
地の竜は語る。はじまりの少年の再誕によって、ウルガは寿命こそ変わらぬものの、その力を大いに引き上げる事が出来た。
けれど、やはり運命の夜は越えられない。
―――― ただ、倒すだけでは同じ事の繰り返しとなる。
『なら……、どうすればいいんだよ!』
康平と健吾を救いたい。その為にここまで来た。だけど、肝心な事があまりにも曖昧過ぎる。
―――― ある時より、我らと共に歩む事となった男がいる。
『男……?』
―――― その男は陰陽連という組織を作り上げ、ある計画を立案した。
『陰陽連……。計画って……、なにか作戦があるのか!?』
―――― Godを滅ぼす。
『Godって……』
―――― 魂の集合体。真なるアルヴァを生み出す源。ある時より、その為だけにウルガが鍛えられるよう我らは謀り続けた。
『……Godを滅ぼせば、康平達を救えるのか?』
―――― 救えるとも。むしろ、それ以外に人類が明日を掴む事は出来ない。
『……具体的には、どうやるんだ?』
―――― いずれ蘇る真なるアルヴァに自ら入り込むのだ。
『真なるアルヴァの中に!?』
―――― 然様。真なるアルヴァの内、すなわちはGodの内へ入り込み、すべてを滅ぼすのだ。お前とウルガの手で。
『コロネ……』
「キュア!」
なぜだろう。いつもは手に取るように分かる筈なのに、コロネの気持ちがこの時だけは分からなかった。
―――― Godを滅ぼせば、共にお前とウルガも滅ぶだろう。けれど、これは人類を救う為の戦いだ。愛する者を救いたければ、選択の余地はあるまい。
『……ああ、その通りだな。それで、二人を救えるなら……』
―――― よくぞ決意した。では、ウルガに我のチカラを与えよう。これで、ようやく……。
その言葉と共に目の前が真っ白になった。
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