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執筆者の写真雪女 雪代

第十八話『容疑者』

捜査令状とは、捜査機関や法執行機関が特定の行動を取る為に必要な法的文書だ。

 令状を取得する為に、まずは特定の行動を取る必要性を文書化する必要がある。

 この文書には捜査の目的、根拠となる証拠、及び取りたい行動に関する情報を記さなければいけない。

 捜査の目的は結崎悠人殺害事件の容疑者を特定する為だ。その為には24年前に『岩瀬一家殺害事件』を引き起こした羽村真理恵の追跡調査を行う必要があると佐伯は睨んでいる。

 ただ、その根拠は『これほどの凶悪かつ、悪辣な事件を引き起こした犯人が初犯とは思えない』という佐伯の考えによるものだ。これでは申請した所で受理される可能性は低い。

 けれど、あの頑なな久保田院長から話を聞き出す為には令状が必要になる。駄目で元々、試してみるしかない。そう思って、裁判所に向かっているとスマホに着信が入った。立花警部からだ。


「もしもし、佐伯です」


 車を路肩に止めて、佐伯は電話に出た。


『立花だ。どこに居る?』

「裁判所に向かっています」

『裁判所……? 何故だ?』

「24年前の『岩瀬一家殺害事件』の犯人である羽村真理恵の追跡調査を行うべく、女子少年院で話を聞いてきたのですが、詳細を知る為には令状を取って来いと言われまして……」

『24年前の事件か……、なるほどな。相変わらず、良い着眼点だ。だが、令状の取得は待て。捜査員の独断で令状を取得する事は問題になるケースが多い。一度、本部に戻って来て説明をしろ。正当性があるなら管理官に話を通す』

「……分かりました」


 出鼻を挫かれたようで些か不満はあるが、佐伯は裁判所に設定していたナビを捜査本部に切り替えた。どうやら、自由時間はここまでらしい。


 ◆


 蛹内署に到着すると、署にはピリピリとした雰囲気が漂っていた。

 ただならぬ気配に、佐伯は急いで捜査本部に向かった。

 

「瀬尾さん!」


 捜査本部に辿り着くと、同僚の瀬尾がいた。


「何かあったんですか!?」

「……害者が増えた」

「え?」

「ついさっきの事だ。伊山町二丁目にある『双六堂』という玩具屋の店主、手塚忠彦氏が殺害された」

「……え? は?」


 まったく予想していなかった名前だ。

 

「ゆ、結崎悠人くんの事件との関係性は!?」

「まだ、調査中だ。無関係なのか、あるいは模倣犯なのか、もしくは連続殺人なのか……」


 いずれにしても、上層部は荒れそうだ。捜査員を増員した上で、市内には厳戒態勢を敷いていた。その中での犯行。結崎悠斗殺害事件とは無関係だったとしても、警察の面目は丸潰れだ。


「……模倣犯と言う事は、犯行に共通点が?」

「いや、そういうわけではない。ただ、殺人事件が身近に起きた事で、影響を受けた者が居るかも知れないというだけの事だ」

「誰かがやってるから、じゃあ、自分もやってみようと? だとすると、そうとうなサイコパスですね」

「……まあ、可能性を上げてるだけだ」


 しばらく瀬尾と話していると、立花警部がやって来た。


「おお、佐伯。待ってたぞ」

「遅くなり、申し訳ございません」

「構わない。不知火刑事から話は聞いている。電話口でも話したが、良い着眼点だ。おかげで容疑者を特定する事が出来た」

「本当ですか!?」


 佐伯は目を丸くした。


「ああ、24年前の『岩瀬一家殺害事件』の犯人である羽村真理恵。お前が目を付けていたのはコイツだろう?」

「は、はい。ただ、羽村が入院していた女子少年院の院長からは話を聞き出す事が出来ず……」

「そういう時は警視庁のデータベースを使え」


 立花警部は言った。


「名前の変更は女子少年院の独断で行われるわけではない。役所で手続きが必要になる。それが元犯罪者である場合は当局に知らせが入る場合もある」

「では、羽村真理恵の今の名前も?」

「ああ、白鳥彩音という名前だった」

「は?」


 その名前を聞いて、佐伯は呆気に取られた。

 知っているからだ。彼女は悠斗くんが通っていた小学校の担任教師だ。


「あの人が羽村真理恵!? さ、殺人鬼が小学校で教師を!?」


 あまりにも信じ難い話だ。通常、教師になる者には背景調査が行われる。

 少年法によって、未成年者の犯罪は公開されない事が多いが、犯罪歴が消えているわけではない。

 殺人鬼が教師になるなど、あり得ない事だ。


「その点も調べを進めているが、恐らくは背景調査が杜撰だったのだろうな」

「杜撰の一言で済ませていいものですか?」

「気持ちは分かるが、羽村真理恵は名前を変えているんだ。彼女の罪を知るには綿密な調査が必要となる。所詮、教員の採用に当たっての背景調査程度ではな……」

「それにしたって……」


 結崎悠人を殺害した犯人は白鳥彩音で間違いあるまい。なにしろ、彼女は生粋の殺人鬼だ。


 ―――― 彼女は殺したくて殺したと言いました。

 ―――― 恨みなどなく、殺害した子を大好きだとも言っていました。


 久保田院長の言葉が蘇る。そして、同時に事件の調査資料の内容を思い出した。

 まさに猟奇殺人と称するべき残忍な殺害方法。生きた状態で腹部を掻っ捌き、その内臓をいじくり回した形跡があると言う。まさに悪魔の所業だ。


「では、双六堂の手塚氏も白鳥が?」

「調査中だ。付け加えれば、結崎悠人殺害事件への関与もな」

「そんな悠長な!? 彼女は危険です! 一刻も早く逮捕しないと被害者が増えてしまうかもしれません!」

「……それがな、佐伯。少しばかり、厄介なんだ」

「どういう事ですか!?」


 立花警部は歯切れの悪い口調で言った。


「アリバイが完璧なんだ」

「え?」

「初動捜査の段階で、彼女の事も真っ先に調べ上げられた。彼女のマンションはオートロックで、監視カメラも複数設置されていてな。事件当日の夜はずっとマンションの自室に居た事が確認されているんだ。加えて、帰宅前の行動にも不審な点が見つかっていない。夕方まで学校で業務に励んだ後は行き付けのスーパーで買い物をして、本屋に立ち寄ってからまっすぐに帰宅している。そのいずれの行動にも目撃者や監視カメラの映像という証拠があった。だから、逮捕するにはそのアリバイを崩す必要がある」

「今回の事件は子供を使っていた節があります! 小学校の担任教師など、まさにうってつけの立場じゃないですか! 彼女はきっと、子供を上手い事利用したんです!」

「……佐伯。悠人少年は当日の夕方頃まえは生存が確認されているんだ」


 その言葉に佐伯は青褪めた。

 このまま白鳥彩音のアリバイを崩す事が出来なければ、例え彼女が犯人だとしても、実行犯には成り得ない。それが意味する所はつまり……、


「子供に殺させた……?」

「早まるな! まだ、分からん。だが、可能性が無くもない……」


 立花警部は苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「この事件の真相に迫るには、お前の推理通り、過去の事件を洗う必要がありそうだ」

「『岩瀬一家殺害事件』ですね?」

「それだけではない。20年前の『河川敷集団リンチ事件』、18年前の『ホームレス連続生き埋め事件』、16年前の『伊山病院殺人事件』、10年前の『悪魔儀式殺人事件』、5年前の『蛹内市立第二高校自殺偽装事件』。このすべてを調べ上げる必要がある」

「すべてをですか!?」

「ああ、すべてだ。行くぞ、佐伯。まずは『河川敷集団リンチ事件』だ!」

「は、はい」


 新たに起きた殺人事件。教師になっていた殺人鬼。

 これは本当に現実なのかと疑いそうになると、佐伯は立花警部の背中を追いながら思った。

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