事件はまだ終わっていない。その言葉を聞いて、わたしはドキッとした。
妙な感覚だ。まるで、図星を突かれたようだ。
「黙れ! 犯人は手塚忠彦だ! そして、お前が黒幕だ!」
男が声を張り上げた。けれど、葵はそんな彼を嘲笑うかのように言った。
「証拠があるわ。あの日、あの時の防犯カメラの映像よ。警察には偽物を提出したのだけど、本物も残してあるのよ。あなたみたいな人に妙な言い掛かりをつけられない為に」
「……き、貴様」
震えが走った。自分の事なのに、どうおしてか分からないけれど、わたしは今、焦っている。
「あら……? あらあら? もしかして、気付いていたの?」
「……な、何の事ですか?」
彼女は心底嬉しそうに笑った。
「嘘吐きは誰なのか? 裏切り者は誰なのか? 人殺しは誰なのか? あなたはもう、分かっていたのね」
「言ってる意味……、分かんないよ」
喉がカラカラに乾いていく。耳を塞ぎたい。男の言う事は正しかった。
彼女の言葉を聞くべきではなかった。
「あなたの為に一日だけ待ってあげる。だって、あなたには在るもの」
「……なにが」
「復讐する権利よ。この目で見られないのが凄く残念だけど、最高のフィナーレを期待しているわ」
わたしは立ち尽くした。亜里沙と紗耶が声を掛けてくれても、何も返せなかった。
パトカーが到着して、男と葵は連れて行かれたけれど、彼女の言葉はわたしの中に残り続けている。
◆
次の瞬間、わたしは部屋のベッドに横たわっていた。
近くには寝息を立てている亜里沙と紗耶の姿がある。どうやら、茫然自失となったわたしを二人で家まで連れ帰ってくれたみたい。二人には世話を掛けっぱなしだ。今度、シェイクを奢ろう。
「……もう、お昼か」
起き上がろうとして、ベッドの傍に一冊の本が落ちている事に気が付いた。
それはママから渡された白鳥先生からの贈り物。
「『探偵の流儀』……」
どうして、彼女はこの本をわたしに託したのだろうか?
わたしは気になって、本を開いた。
軽快な文章で、すいすい読み進める事が出来る。主人公は語り部のジョン。そして、探偵の名はシャルル。物語はジョンの視点でシャルルの華麗な活躍を描いていた。ついつい夢中になって読んでいくと、最後には衝撃的な結末が待ち受けていて、視点がジョンからシャルルに移った。
なんと、数々の事件の黒幕はジョンだったのだ。彼はシャルルの活躍を見たくて、影で人々の憎悪を煽り、犯罪へ掻き立てていた。その事に気が付いたシャルルは苦悩する。なにしろ、彼にとって、ジョンは最高の相棒であり、理解者だったからだ。だけど、シャルルは真実を白日の元に晒す決意を固めた。
それこそが最終ページで白鳥先生が赤いラインを引いた文章へと繋がっていく、彼の探偵としての矜持だった。
―――― 真実は時に残酷だ。けれど、目を逸らしてはいけない。例え如何なる真相が待ち受けていようとも、足を止めずに真実へ辿り着く意思。それこそが唯一無二の『名探偵の条件』だ。
「名探偵の条件か……」
わたしは白鳥先生と伊山小学校で会った時の事を思い出した。
―――― 先生! わたし、名探偵になります! 絶対、ゆうちゃんを見つけます!
あの時、わたしは彼女の前で宣言した。
名探偵になる。それは探偵の真似事で終わらせずに、ちゃんとゆうちゃんの体を見つけ出すという意味での決意表明だった。
それでも、わたしは確かに言ったのだ。
「口にしたからには覚悟を決めなきゃ」
先生にだけではない。あの時、わたしはゆうちゃんにも宣言したのだ。
わたしはゆうちゃんのお姉ちゃんだ。いつだって、ゆうちゃんのお手本になってあげなくちゃいけないんだ。だから、なると決めたからにはならなきゃいけない。
「……ついて行こうか?」
いつの間にか起きていた亜里沙が言った。
「大丈夫」
「襲われたら股間を蹴り上げてやりなよ」
「襲われないよ」
紗耶の物騒な助言に苦笑しながら、わたしは立ち上がった。
「その前にお風呂入って来るね!」
「気合入れないとだもんね!」
「戦闘準備だー!」
お風呂に入って、お化粧をして、髪型を整えて、一番可愛い服を着る。
名探偵は身だしなみにも気を使うのだと『探偵の流儀』でもシャルルが言ってた。
最後に一度確認の為に内田翔太くんの家に電話を掛けて、ゆうちゃんの遺影の前に立った。
「行ってくるね、ゆうちゃん」
―――― 姉ちゃん、どこ行くの?
「決着をつけにだよ!」
―――― ふーん。
「どうでも良さそう!? でも、お姉ちゃんは頑張るからね! 名探偵として!」
―――― 変なのー!
「……ゆうちゃん。行ってきます」
遺影は何も語らない。当たり前の事なのに、いってらっしゃいと言ってもらえない事が凄く辛い。
だけど、妄想に耽るのはこれで最後だ。決着をつけると宣言したのだから。
「名探偵お姉ちゃん、出動だー!」
「……ひゅーひゅー! かっこいいよ、蘭子!」
「ぶちかませー!」
「おー!」
そして、わたしは家を出た。徒歩で数分。あっという間に目的地へ辿り着き、わたしはインターホンを押した。応答したのは目的の人物だった。
「ねえ、デートしない?」
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