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執筆者の写真雪女 雪代

第十二話『猟奇殺人』

証拠品保管所で該当の資料を集めると、佐伯は最初の事件に目を通し始めた。


「『岩瀬一家殺害事件』。当時、中学2年生だった羽村真理恵がクラスメイトの岩瀬灯里とその弟の元也、母の翔子、父の孝太郎を殺害。凶器は刃渡り16cmの出刃包丁。通報は真理恵自身によるものであり、捜査員が到着した際、彼女はサイズの合わない服を身に着けていた。動機は『人を殺してみたかったから』というもの……」


 真理恵には今回の事件の犯人に対する印象と同じものを感じる。殺人の動機として、あまりにも安直で、あまりにも幼稚だ。けれど、中学2年生の少女が成人した男性を含めた四人を殺害するというのは些か常識外れに感じる。


「……なるほどな」


 調書を読み進めていくと、どうやら旅行での土産物と称して睡眠薬を混入させた飲み物を渡していたらしい。岩瀬灯里は真理恵と親しい友人関係にあり、彼女の部屋には二人で撮影した写真もあったという。そのような関係性だからこそ、疑う事なく呑んでしまったのだろう。

 

「羽村真理恵か……」


 24年前は中学2年生。つまり、今は38歳くらいという事になる。

 彼女が入院した女子少年院の名前をメモして、佐伯は次の事件の資料に移った。


「『河川敷集団リンチ事件』。主犯は糸田幸宏。彼は周辺地域の不良を纏めるリーダーだったらしい。殺害にまで至った事件は当該事件のみだが、似たような暴行事件をいくつも起こしている。また、男女を問わない強姦事件も幾度も繰り返していたらしい。事件に関わったメンバー達は彼の恐怖支配に抗う事が出来なかった為に共犯者となったと調書に書いてある」

「この顔は……」


 佐伯が注目したのは彼の顔だった。指定暴力団『宝岑会』の『鵜堂組』の構成員の中に似通った顔を持つ男がいたからだ。


「まさか、宇喜多なのか?」


 鵜堂組は北区の風俗街を取り仕切っている。

 一年前、そこで男性の遺体が発見された。被害者はカツラを被らされ、化粧を施されていた為に当初は女性だと誤認され、蛹内署の組対係で唯一の女性である天音瑞希が鑑識課と共に現場検証を行った。その結果、遺体が男性の物であると判明した経緯がある。

 遺体には過度な性的暴行の形跡があった。司法解剖の結果、犯人は鵜堂組の構成員である宇喜多悟郎と判明し、逮捕と相成った。逮捕したのは佐伯だった。

 忘れもしない、宇喜多の顔。それが河川敷集団リンチ事件の主犯である糸田の顔と良く似ていた。


「……調べてみるか。けど、宇喜多だとしたら、まだ塀の中だな」


 三つ子の魂百までと言う言葉を思い出した。

 誰もがそうというわけではないだろうが、生まれながらの悪というのは居るものだ。

 宇喜多はまさしくそうだった。そして、恐らくは今回の事件の犯人も……。


「三件目、『ホームレス連続生き埋め事件』。これは18年前。『生き埋めゲーム』というものが中学生の間で流行った。死者は五人だが、未遂事件は更に十三件にも及んでいる。犯人の数も桁違い。蛹内第三中学校の2年C組の過半数以上が事件に関与していた。彼らはホームレスには人権が無く、殺しても咎められない存在だと信じ込んでいた。なんらかの洗脳を受けていた可能性があるとして、当時の教職員などにも操作の手が及んだが、教師陣は一様にして容疑を否認した。子供達の証言も曖昧な為、真相は不明……。不明のまま終わらせたのか?」


 何とも歯切れの悪い調書だ。


「洗脳か……」


 そもそも、洗脳には科学的な証拠に基づいた確固たる定義や方法が存在しない。

 実行犯が判明している以上、証明が困難な洗脳者の存在を追求する事は無駄と判断された可能性がある。ただ、備考欄に『集団心理を利用した可能性がある』と走り書きがあった。

 この事件は単独犯ではなく、24人もの集団による殺人だ。


「『赤信号みんなで渡れば怖くない』か……」


 集団心理が戦争を生む。

 戦争は恐ろしいものであり、忌むべきものだと誰もが言うが、それでも戦争が無くならない理由だ。|多数派《マジョリティ》の意見は|少数派《マイノリティ》の意見を塗り潰す。間違っていると思っていても、周りが正しいと言えば間違っていると考える自分こそが間違っているのではないかと錯覚してしまうわけだ。そして、周りの意見に流されてしまう。

 集団心理の厄介な点はマジョリティが本当に多数派である必要がない点だ。個人に対して、その意見が多数派であると信じ込ませる事が出来れば良い。SNSが良い例だろう。本来はマイノリティである筈の意見を声高に叫ぶ事で周囲の者にそれがマジョリティな意見だと錯覚させ、仲間に引き込み、本当にマジョリティになってみせる事がある。

 

 ―――― ホームレスには人権がない。だから、殺しても咎められない。


 そんなわけはない。けれど、そう信じ込んでしまった。

 知識も経験も浅い若者にこそ、集団心理は覿面に効いてしまう。


「……集団心理を利用して子供達を操った者がいる」


 今回の事件でも子供が利用された可能性がある。

 

「頭部を運搬した子供以外にも利用された者が居るかも知れないな」

 

 佐伯はメモにペンを走らせながら四件目の資料に目を通した。


「『伊山病院殺人事件』」


 この事件は特に異彩を放っている。まず、犯人グループの目的が不明瞭だ。

 ベッドに縛り付けた上で、市販薬を大量に飲ませ、オーバードーズ状態にした所に硫酸を飲ませて殺害する。そのあまりにも猟奇的な殺害方法を六人の男女が行った。

 殺害場所は監視カメラだらけの病院。『彼らは人体実験の結果、岩波小夜子ちゃんを死亡させた』と調書には書いてあるが、市販薬を大量に飲ませる事を実験と称するのは誤りな気がした。

 調べによれば怨恨によるものではなく、強姦目的でもなかった。彼らの証言もあやふやで、薬物を使用したのではないかと疑われたが、検査の結果は陰性だったという。最後まで動機が分からないまま、捜査は打ち切られたらしい。

 ホームレス連続生き埋め事件と言い、どうにも不完全さを感じる。


「五件目、『悪魔儀式殺人事件』。この事件の犯人からは薬物検査で陽性反応が出ているな」


 この事件からは得られるものが無さそうだ。

 唯一気になる点があると言えば、彼が崇拝していた対象だ。

 悪魔儀式殺人事件の名の通り、彼は悪魔崇拝の如き儀式を行っていた。ただ、悪魔崇拝とは捜査員の印象から出た言葉に過ぎず、実際に彼が何の為に儀式を行っていたのかは不明らしい。

 資料には殺人現場の写真が掲載されていた。いわゆる六芒星を被害者の血で描き、その上に被害者を杭で磔にしたようだ。被害者の遺体には損壊箇所が多く、そのほとんどが生前に加えられた暴行の結果らしい。


「……たしか」


 佐伯はスマホを捜査した。


「『悪魔的儀式虐待』か……」


 1980年代にアメリカ合衆国で流行った噂話だ。何万人もの子供達が悪魔崇拝者によって虐待され、殺害されているという噂話だが、FBIによって否定されている。

 その噂話に犯人がインスピレーションを受けた可能性はある。


「……次が最後だな。『蛹内市立第二高校自殺偽装事件』。これにも複数人のグループが関わっている。『岩瀬一家殺害事件』と『悪魔儀式殺人事件』以外、すべて複数人による犯行……。これは偶然か?」


 佐伯はメモ帳を閉じると資料を戻して証拠品保管所を出た。

 今日一日は立花警部と別行動をする事になっている。彼が上層部との会議に出席する為だ。

 その間に出来る事をする。佐伯は蛹内署を出て、24年前に羽村真理恵が送られた女子少年院へ車を走らせた。

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