まず、ゆうちゃんの足跡を辿ろうと思う。
―――― いーちゃん|家《ち》にあそびに行ってくる!
ゆうちゃんはそう言い残して家を出た。いーちゃんはクラスメイトの|飯野博之《いいのひろゆき》くんの事だ。彼の家は少し離れているけれど、大通りを渡る必要がない場所にある。ゆうちゃんはいつも自転車に乗って、いーちゃんの家に遊びに出掛けていた。
わたしと浩介も自転車でいーちゃんの家へ向かった。途中に坂道があるけれど、ゆうちゃんはいつも必死な顔でペダルを漕いで、登り切るとわたしに全然大変じゃないという顔を向けて来た。そういう時、わたしはいつも『すごーい! お姉ちゃんはヘトヘトだよぉ』と言って、そんなわたしに『へなちょこー』と嬉しそうに言うゆうちゃんに苦笑していた。
その坂道を足を付かずに登り切り、少し息を切らせながら先へ進んだ。途中で止まったら、ゆうちゃんにへなちょこと言われてしまう。ゆうちゃんの体を取り戻すまではへなちょこになっていられない。
辿り着いたいーちゃんの家は四階建てのマンションだった。オートロックではなく、ガラスの扉は普通に開ける事が出来る。中に入って、すぐ右の廊下を進んでいくと、その奥がいーちゃんの家だった。
ドアの横の呼び鈴を押すと、直ぐにいーちゃんのお母さんが出て来た。
「……今度はあなたなのね」
いーちゃんのお母さんである佳代子さんは少し困ったような表情を浮かべながらわたしと浩介を中に入れてくれた。きっと、警察やお母さんが何度も訪ねたのだろう。それでも佳代子さんはわたし達を邪険に扱わなかった。
「悠斗くんの事を聞きたいのよね?」
「はい! お願いします!」
「お願いします」
わたしの隣で浩介も深々と頭を下げた。
「……ちょっと待っててね」
そう言うと、彼女は一度リビングを出て行き、すぐに大きなノートを持って来た。
その中身を見て、わたしは目を丸くした。
「すごいな、これは……」
浩介も唖然としている。ノートには時系列順にゆうちゃんのいーちゃん宅での行動が事細かっく書いてあった。その時々のゆうちゃんの言葉もメモされている。
わたしがまじまじと佳代子さんを見ると、彼女は微笑んだ。
「警察の人やあなたのお母さんに何度も聞かれて、私自身も少しでも何かの手掛かりを掴みたかったから、覚えている限りの事をノートに纏めてみたの。博之にも思い出せる限りの事を思い出してもらったわ」
「このノート、写メで撮ってもいいですか?」
「コピーがあるわ」
そう言うと、彼女はクリアファイルをくれた。中にはノートの内容をコピーした紙束が挟まれている。中身を読んでみると、ゆうちゃんはいーちゃんとテレビゲームで遊んでいたようだ。その合間の会話まで書き込まれている。どうやら、ゆうちゃんはポテトチップスを食べた手でゲームのコントローラーを触ってしまったようだ。その事にいーちゃんが腹を立てて、佳代子さんが仲裁する場面もあったらしい。
「ご、ごめんなさい。ゆうちゃんったら……」
「いいのよ。いつもの事だから」
「……ごめんなさい」
佳代子さんの言葉には小さなトゲがあった。
「蘭子。これがあれば十分だろ? あんまり長居したら迷惑だ。そろそろ行こう」
「う、うん」
「良いボーイフレンドね」
その言葉の意図に、彼女の目を見て気が付いた。
まったく笑っていない。迷惑を掛けている事に気が付いた浩介を良いボーイフレンドだと言った。それは裏を返すと迷惑を掛けている事にも気が付かないわたしを批難していた。きっと、ゆうちゃんやお母さんに対しても、彼女はそう思っていたのだろう。
家の中に招き入れてくれたのは邪険に扱わなかったのではなく、何を言ってもどうせ無駄だろうと諦めていたからのようだ。
「突然お邪魔して、すみませんでした」
「いいのよ。慣れっこだもの」
いーちゃんの家を出た後、わたしはしばらく動く事が出来なくなった。
「気にするな」
「……うん」
頷きながら、いーちゃんの家を見た。佳代子さんは明確にゆうちゃんを嫌っていた。
「もしかして……」
「早まるな。だとしたら、とっくに捕まってるだろ。悠斗と直近で会ってた人間なんて、真っ先に容疑者として調べられている筈だ」
「……でも」
「とにかく次だ」
浩介は佳代子さんから貰った資料を捲った。
「悠斗はマンションを出た後、|双六堂《すごろくどう》に寄ったみたいだな」
「え?」
「ここ読んでみろ。『ウィザード・ブレイブに新パックが出たの知ってる? ぼく、早速買ってもらったんだ!』って、セリフの後の『え? そうなの!? 僕も欲しい!』ってのが悠斗のセリフだな。ここからだと双六堂が近い」
双六堂はおもちゃ屋だ。いーちゃんの家から自宅までの道なりにあり、ミニ四駆のサーキットやカードゲームの対戦場などが無料で解放されていて、近所の子供達がよく遊びに来ている。
確かに、お気に入りのカードゲームの新パックが出たと聞いたら、ゆうちゃんの事だから居ても立っても居られなかった事だろう。
わたし達は自転車を走らせた。双六堂に辿り着くと、丁度背広姿の男女が出て来た。おもちゃ屋に遊びに来るタイプには見えない。子供の為の買い物だとしても、買い物袋は見当たらない。ひょっとすると、ゆうちゃんの事件を捜査している警察の人なのかもしれない。
声を掛けてみようか迷った。だけど、警察の人には守秘義務というものがあるらしく、前に家に来た警察の人は捜査状況をあまり詳しく教えてくれなかった。その事が脳裏を過ぎったせいで判断が遅れ、気が付けば男女は近くに止めていた車に乗り込んでしまった。
「どうした?」
「……なんでもない」
気を取り直して、わたしは双六堂に入る事にした。一見するとおもちゃ屋には見えない。まるで遊園地のアトラクションのような奇抜な見た目をしている。扉の前のイーゼル看板に『新発売のプラモデルを発売中!』と書いてなければ実態の見えない怪しいお店だ。
わたしは意を決して扉を開いた。
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