第二話『ベテランと若手』
死体は|蛹内駅《ゆないえき》から東に500メートルの位置で発見された。そこは被害者が通う蛹内市立伊山小学校の前だった。死体は首から下がなく、頭部だけが置かれていた。発見までに数時間が経過していたようで、頬や頭部の一部は損壊しており、他の部位にも野生動物の物と思われる噛み跡がいくつも発見されている。
「瀬尾さん。犯人は一体、何の目的で結崎悠斗くんの首を切断したのでしょうか……」
報告書を纏めながら、佐伯亮太は嫌悪感から顔を顰めながら隣の席で同じく報告書を纏めている瀬尾倫太郎に問い掛けた。
「知るかよ。七歳の子供の首を切断するなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」
瀬尾は苛々と机を指でトントンと叩きながら言い捨てた。
「正気じゃないと言えば、メディアは相変わらずね」
二人の会話に佐伯の対面の席に座っている天音瑞希が混ざって来た。
「これ見てよ。悠斗くんの写真をデカデカと乗せて、『校舎の前に置かれた生首! 悠斗くんの首から下は未だに発見されていない。犯人は異常性愛者か、はたまたカニバリストか!』ですって! 面白がってるとしか思えないわ!」
興奮した様子で読んでいた雑誌を見せびらかしてくる天音に瀬尾は舌を打った。
面白がっているのはお前の方だろうと。彼女の不謹慎な態度は今に始まった事ではない。その度に彼は彼女に対する苛立ちを募らせている。
「兎にも角にも、僕達に出来る事は情報を集めて捜査本部に渡す事だけですけどね」
「犬塚くん達が羨ましいわね。本庁の刑事と一緒に捜査するなんて、まるでドラマみたい!」
「僕達のサポートだって、大事な仕事ですよ。さっさと報告書を纏めちゃいましょう」
「はーい」
「……ふん」
報告書に意識を戻しながら、佐伯は密かに天音に共感していた。
今回の事件では特別捜査本部が設置されているが、殺人事件の度に特別捜査本部が設置されるわけではない。事件の性質や状況によって捜査が複雑化し、通常の捜査だけでは解決が難しい場合や事件が社会的に大きな影響を与える可能性がある場合に特別捜査本部は設置される。今回は後者が理由だ。
小学二年生の少年の死体が首だけの状態で発見される。その異常性は社会に大きな衝撃を与えるものだ。蛹内市内に住む人々は猟奇殺人犯が捕まらないまま徘徊している事実に不安を抱いているし、市外の人々も強い感心を事件に向けている。
そのように特別な状況で設置されるものだからこそ、特別捜査本部と呼ばれているわけだ。そして、特別捜査本部が設置されると本庁からやって来たベテランの捜査員と所轄の若手がタッグを組む事になる。
どうせなら若手と組むのではなく、ベテラン同士でタッグを組んだ方がいいのではないかと思うが、ベテランには豊富な経験があるものの、新しい技術や手法には疎い事が往々にあり、若手ならではの視点も必要になる事からベテラン同士ではなく、ベテランと若手が組む事が望ましいとされているのだ。
とは言え、全員がタッグを組むわけではない。今、ここで報告書を書いている面々は軒並みタッグに選ばれなかった者達だ。その事を卑下する者もいれば、天音のようにタッグを組めた者を羨ましがる者もいる。佐伯もまた、タッグを組めた同僚を羨む者の一人だった。
「よし、完成!」
天音が晴々とした口調で叫んだ。ピッタリと同じタイミングで仕事を終わらせた佐伯も体を少し伸ばした。捜査員達が手に入れてきた膨大な情報を報告書として纏める作業は結構なハードワークだ。
「ねね! 帰りに飲みに行かない!?」
「いいですよ。いつもの所でいいですか?」
「俺はパスだ」
不機嫌さを隠さない瀬尾に天音はムッとした表情を浮かべた。
不穏な空気が流れ始め、佐伯は溜息を零しそうになった。そんな時、室内に副所長の荒巻寿郎が入って来た。彼の後ろには白髪交じりの黒髪をオールバックにしたダンディな男がついて来ている。
慌てて背筋を伸ばす佐伯達を一瞥すると、荒巻は言った。
「実は捜査中に馬場が階段から転げ落ちた」
「馬場くんが!? 大丈夫なんですか!?」
馬場徹は佐伯の後輩であり、本庁のベテランとのタッグに選ばれ、佐伯が嫉妬の眼差しを向けていた男だ。
「命に別状はない。だが、捻挫で外勤が厳しくなった。佐伯、お前が馬場の代わりに立花警部の補佐をしろ」
「は、はい!」
反射的に返事をしながら、佐伯は恐る恐る荒巻の背後に立つ男を見た。
察するに彼が立花警部なのだろう。見た目や雰囲気はどちらかと言うと反社会的勢力に所属していそうなタイプだ。
佐伯の視線に気付いたのだろう。立花警部は咳払いと共に前に出た。
「本庁の立花だ。急な話だが、よろしく頼む」
「はい! 全力を尽くします!」
佐伯の言葉に小さく頷くと立花警部は踵を返した。
戸惑っていると瀬尾が背中を叩いた。
「ボーッとしてるな。ついて行け」
「あっ、はい!」
慌てて追いかけると、立花警部は佐伯に視線を向けないまま言った。
「運転は出来るな?」
「はい!」
「では、任せる」
嫌な予感がした。報告書を纏め上げ、ようやく一日の仕事が終わった所なのに、まるで今から仕事が始まるような雰囲気だ。
「今から伊山小学校に向かう。馬場と共に犯人が辿った可能性のある経路をいくつか辿っている最中だったのでな」
「……は、はい」
予感的中。佐伯はこっそり溜息を零した。
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