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執筆者の写真雪女 雪代

第二十四話『追跡』

『伊山病院殺人事件』。その事件の真相は思わぬ所から飛び出て来た。

 佐伯が当時の世間の反応を調べようと考えて、スマホで事件を検索した所、事件の暴露本が販売されている事に気がついた。執筆者は犯人の一人だった。

 癪な事に、その本には電子版もあった。捜査費で計上出来るか不安に思いながら購入して、中身を読んでみると、そこには唖然となる内容がしるされていた。

 著者である『|若林恒春《わかばやし つねはる》』は主犯格である|高峰瑠璃《たかみね るり》に惚れていたと書いてある。瑠璃はとかく魅力的な少女だったらしく、他のメンバーも彼女に並々ならぬ愛と忠誠を誓っていたと書いてあった。

 恋愛というものに疎い自覚のある佐伯は「こんな事って、あり得るんでしょうか?」と立花に意見を求めたが、「分からん」の一言で返された。「結婚されているんですよね?」と問い返すと、「妻とは幼馴染だった。ずっと一緒にいたら、いつの間にか結婚していた」という、ちょっと憧れそうになる遍歴を聞かされた。

 

「高峰と五人の少年達の間に肉体関係は無かったようですね」

「だからこその関係性かもしれんな」


 暴露本の中で、著者は五人の少年達の関係性を『同じ女性を愛する同志』と評していた。

 ただの五股じゃないのかと佐伯は思ったが、少年達はその関係性に居心地の良さを感じていたらしい。不可解ながらも、立花警部の言う通り、肉体関係が無かったからこそ成立した関係だったのかもしれない。高嶺の花は手が届かないからこそ、憧れるものだ。


「……要するに、高峰は彼らにとってのアイドルだったんですね」


 アイドルとファンクラブと捉えれば想像出来なくもない。


「ああ、その例えはいいな。分かりやすい」


 立花警部は関心したように言った。少し照れながら、佐伯は更に本を読み進めていった。

 高峰はまるで竹取物語のかぐや姫のような女だったらしい。彼女は己の信奉者達に度々難題を持ち掛けていたようだ。その難題に答えられた時、彼女は天使のような微笑みを向けてくれたと書いてある。

 その難題というのが『テストで満点を取る』とか、『大会で記録を残す』など、初めは健全なものが多かったようだ。ところが、徐々に彼女は『10万円を集めてくる』とか、『花壇に除草剤を撒く』などの難題を課してくるようになった。すると、彼女の下を離れる者も現れ始めた。それは正常な判断だと佐伯は思ったが、当時の著者は彼らの愛が偽りだったのだと責め立てていたらしい。例え、それが悪事であったり、自分の身を削る事だとしても、彼女の難題に答え続ける事が愛の証明なのだと信じていたようだ。

 彼らの凶行はそうした行為がエスカレートした結果らしい。高峰は被害者である岩波小夜子から何度も叱責を受けていた。男達に対して、難題と称して犯罪行為を強要する事を止めるようにと。その事が気に入らず、高峰は彼女を害するように信奉者に指示を出した。害すると言っても、少し脅かす程度で良いと彼女は言っていたようだ。けれど、難題を受けた男は彼女の為にと奮起して、岩波を階段から突き落とした。それは一線を超えるものだった。

 それまでは悪質なれど、イタズラの範疇で済む行為だったが、それは明らかな殺人未遂だった。

 高峰は栄光の時間が終わる事を恐れた。そして、突き落とした張本人が証拠を残さずに上手く立ち回った事で、犯人が不明である状態にある事を知り、魔が差した。岩波が証言しなければ、犯人は捕まらず、栄光の時間も続いていく。そう考えた時、彼女は信奉者達に最後の難題を与えた。

 それが事件のあらましだ。彼女の殺人という難題に対して、信奉者達は盲目的に従った。彼女の苦悩を取り払う為、彼女を苦しめた悪鬼に裁きを下そうと、最も苦しい死を与える方法を考え出した。

 まさにカルトだと思いながら本のページを捲っていく。すると、終わりのページに著者の後悔が記されていた。


 ―――― 如何なる難題にも応えようとする男達。それが彼女の精神を歪めてしまったのだろう。

 ―――― 彼女はとても善良だった。彼女を変えてしまったのは我々だ。

 ―――― 咎を受けるべきは我々だった。けれど、彼女は主犯格だと糾弾され、死んだ。


「……この事件は関係無かったようですね」

「そのようだな。この事件は、この事件だけで完結している」


 事件の主犯は自殺しており、共犯者達も少年院を出た後は他県に移り住んでいる。

 ただ、気になる点があった。この事件もまた、集団心理によって引き起こされたものだ。

 高峰の難題に男達が躍起になって応えようとしたのは、同志という名のライバルが居たからだろう。牽制し合い、出し抜き合い、そうしていたからこそ行き着く所まで行ってしまったように思える。

 難題を受ける男が一人だけだったならば、ここまでエスカレートする事も無かっただろう。


「……不知火刑事がリストアップした事件は残り二つか」

「10年前の『悪魔儀式殺人事件』も関連性は無さそうですね」


 この事件だけは単独犯によるものだ。犯人がオカルト趣味を発散する為に犯したもので、猟奇的ではあるものの、その点以外に特殊性は無い。


「ですが、5年前の『蛹内市立第二高校自殺偽装事件』は『ホームレス連続生き埋め事件』と酷似している点がいくつもあります」


 犯人達は『自殺ごっこ』と称して、被害者の少年の首を吊り上げてリンチを行い、そのまま死亡させた。これは『ホームレス連続生き埋め事件』における『生き埋めゲーム』と性質が似通っている。

 ゲーム・メーカーこと、砂川葵はこの時既に少年院を出ている。年齢は26歳。


「なんだか、匂いますね」 

「同感だ。砂川は少年院を出た後、|高藤美彩《たかふじ みさえ》という女性に引き取られ、養子縁組を結んでいる。高藤姓になった彼女の足取りまでは調書に乗っていなかったが、高藤家に行けば追えるかもしれん」


 佐伯と高遠は頷き合い、高藤家を目指す事にした。

 この事件にはゲーム・メーカーが関わっている。それはもはや、二人にとって、確信的だった。

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