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執筆者の写真雪女 雪代

第二十八話『必要悪、あるいは正義』

署へ向かいながら、佐伯はおぼろげに見えてきた事件の全体像を頭の中で整理していた。

 高藤家での事情聴取で新たに判明した事実を踏まえると、ゲーム・メーカーである手塚葵だけではなく、殺害された手塚忠彦も事件に関与している可能性が出て来た。

 ずっと不思議に思っていたのだ。


『何故、結崎悠人が殺害されたのか?』


 彼は七歳の少年だ。少々やんちゃな性格ではあったらしいが、その程度の事が殺害の動機になどなる筈がない。

 忠彦は小児性愛者だった。そして、彼が小田桐の姓で教師をやっていた時分の教え子だった宇喜多は彼を、


 ―――― 男女問わずの博愛精神の持ち主だったぜ。


 と評していた。つまり、悠斗少年は忠彦のターゲットになる条件を備えていた事になる。

 恐らく、忠彦は悠斗少年に性的暴行を加え、行為がエスカレートする中で殺害してしまったのだろう。そう考えると、潜伏していた猟奇殺人鬼が発作的に起こした事件というよりも納得がいく。だが、悠斗少年の首を切断して、路上に晒したのは恐らく葵の方だ。

 ゲーム・メーカーが引き起こした一連の事件には共通点がある。それはゲーム・メーカー自身が主犯になっていない点だ。他人を唆して、人を殺させる。あるいは、忠彦も葵に唆されて悠斗少年に手を出し、殺害にまで至ってしまったのかもしれない。

 当初は白鳥彩音こそが犯人だと考えていたが、彼女にはアリバイがある。初動捜査の際、彼女の当日の行動内容は徹底的に洗われていた。俄には信じ難いが、名前を変えた過去の猟奇殺人鬼が今回の被害者が通う小学校で教鞭を執っていたのは全くの偶然だったらしい。

 ただし、ゲーム・メーカーが引き起こした今回の事件は、白鳥彩音を羽村真理恵に立ち戻らせた。彼女の殺人鬼としての本能は再び生贄の血を求めて動き出し、その牙はゲーム・メーカーの操り人形となって事件を起こした手塚忠彦の命を奪い去ったというわけだ。


「因果応報ってヤツですかね」

「なんの事だ?」

「手塚忠彦が白鳥彩音に殺害された事ですよ」

「……彼が少年を殺害した犯人だと決まったわけではないぞ」


 立花警部は諌めるように言った。けれど、佐伯は己の推理こそが正解だと確信している。


「白鳥彩音がどうして手塚忠彦を殺害したと思います? 殺人鬼にも、少しは情ってものがあったという事ですよ。自分の教え子を殺害した犯人に復讐したわけです! 肝心のゲーム・メーカーを仕留め損なっているのは何とも間抜けな話ですが、悠斗少年以外にも数多くの少年少女を慰み者にした鬼畜には相応しい末路じゃないですか」

「本気で言っているのか?」

「もちろんですよ」


 佐伯は事件の捜査を通じて思い知った事が一つあった。


「殺人鬼ってのは人間じゃないんです。一度成ったら、もう戻れない。|羽村真理恵《白鳥彩音》と|砂川葵《手塚葵》、|糸田幸宏《宇喜多悟郎》が良い例じゃないですか」


 司法が彼らを死刑に処していれば被害者が増える事もなかった。

 彼らが居なければ、悠斗少年は今も生きていた筈だ。あの日、あの時、弟の名前を叫び続けていた少女も悲しい思いなどしなくて済んだ。


「さっさと死刑にしておけば良かったんですよ。あんな連中は」


 女子少年院の久保田院長に言ってやりたい。お前が綺麗事を並べ立てて守ろうとした鬼共はまた罪なき者の命を食らったぞと。


「……それでは連中と変わらない」


 佐伯は鼻で笑いそうになった。立花警部は|在《あ》り|来《きた》りで|下《くだ》らない御高説を垂れようとしているからだ。その綺麗事が哀れな少年を死に追いやったというのに。


「犯罪者は法によって裁かれるべきだ。この国は法治国家なのだからな」

「だから、悠斗少年の死は仕方のなかった事だと? 法が彼らを死刑にしなかったから、彼は殺されたんじゃないですか!」

「それでもだ!」


 立花警部は譲らなかった。


「人を殺して良い理由など存在しない。それが例え、悪人であってもだ」

「……だったら、死刑制度自体が矛盾じゃないですか」

「ああ、その通りだ。だからこそ、死刑判決には慎重な判断が求められるし、法務大臣も安易には執行の判を押す事が出来ない。必要悪だとしても、悪は悪だと誰もが分かっているからこそな」

「それでも死刑制度を撤廃しない。お言葉を返すようですが、悪には死という断罪が必要だと、誰もが分かっているからこそではありませんか?」

「佐伯……、お前は少し疲れているようだ。もう直ぐ、この事件も幕を閉じるだろう。ゆっくり休め」

「……ええ、そうしますよ」


 佐伯はバックミラーの隅に映り込む立花警部に軽蔑の視線を送った。

 最初は本庁から来たベテラン刑事として、尊敬の念を抱いていた。けれど、捜査を通じて、彼の能力に疑問を抱くようになっていった。

 彼が発案した捜査によって得られた情報など、解決には欠片も役に立っていない。ゲーム・メーカーの存在に気付けたのも、その正体が手塚葵である事に辿り着けたのも、全ては佐伯が過去の事件を追うと決めたからだ。


 ―――― 私達がしている事は事件の全貌を掴む為の断片集めだ。


 以前に彼はそう言っていた。事件の解決ではなく、その為の調査だけで満足しようとしていた。その程度の凡庸な男だったというわけだ。

 彼は死刑を必要悪だと言っていた。けれど、そうではない。罪人に死を与える事は、罪人が更なる罪を重ねる事を防ぐ為の正しい行いだ。死刑とは正義だ。


「事件が解決したら、打ち上げをしような。地元の美味い店を紹介してくれ」

「ええ、とっておきを紹介しますよ」

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