「宇喜多のグループが麻斗少年を含めた複数の少年少女に対して行った集団暴行事件の数々。カップルや兄弟、友人同士に対して、『一方だけを助けてやる』と言って、どちらが犠牲になるかを自分達に決めさせる『生贄ゲーム』。『髪を剃る』、『万引きをする』、『友人を殴る』、『教師の個人情報をネットで拡散する』などの自傷行為や犯罪行為をチャレンジと称し、遂行出来なければ暴行などの罰ゲームを与える『チャレンジゲーム』などの残虐なゲームをいくつも考案したゲーム・メーカー。その正体が……」
佐伯は『ホームレス連続生き埋め事件』の関係者から聴取して得られたゲーム・メーカーの正体に顔を引き攣らせた。
「まさか、当時小学生だったとは思いませんでしたね」
「……何者かに入れ知恵された可能性もあるがな」
「そっちの方がまだマシな気がしますね」
名前は|砂川《すなかわ》|葵《あおい》。彼女は小学生の時からゲーム・メーカーとして、宇喜多のグループとか変わっていたらしい。そして、推測通り、彼女は宇喜多の逮捕を境にグループから距離を置き、今度は同級生達とゲームを楽しみ始めたようだ。その手口を聞き出す為に、佐伯と立花警部はかなりの時間を要する事となった。彼らは過去の過ちを悔いると共に恥じてもおり、説得には骨が折れた。
彼女は最初にクラスメイトの中から生贄を見繕った。シングルマザーの家系の少年と親から虐待を受けている節のあった少女だ。彼らを使い、彼女はクラスメイト全員に罪を犯させた。
「イジメか……」
当たり前のように横行している社会問題の一つだ。イジメが無い事を誇る学校があったり、イジメのない学校をスローガンとして掲げる学校がある程、イジメはありふれている。砂川はその本質を利用したようだ。
そもそも、イジメとは何故起きるのか? その原因は多岐に渡るが、最も大きいのは集団心理だ。
人は集団になると個々人の|責任感《りせい》が薄れていく。そして、同時に|我欲《ほんのう》が抑制されていく。理性と本能の低下、それは自我の希薄化を意味している。『非自我化』と呼ばれる心理現象であり、この状態になった人間は集団内での一体化を求め始める。すなわち、個人が集団の価値観や行動に共感し、同調しやすくなるのだ。
イジメの常態化は個人だけではなく、集団の理性も削り取っていった。その結果、一線を踏み越えてしまったようだ。殺したわけではないが、あるいはそれ以上に残酷な事をした。それは紛れもない犯罪行為であり、生贄を除いたすべてのクラスメイトが共犯者になってしまった。
罪悪感を覚えた者もいた。けれど、彼らは中学1年生だった。両親や教師から裁かれる事に対する恐怖に抗える者はいなかった。そして、彼らは罪を増やしていく。
―――― ゲームをしようよ。君達の内、一人を助けてあげる。
生贄同士、互いを慰め合っていた男女に砂川はそう囁いた。
限界まで追い詰められていた生贄達は、たった一人の仲間を売り合った。それは宇喜多のグループに所属していた時によく楽しんでいたゲームだ。徐々に罵り合いが始まり、その光景を見ていたクラスメイト達は自分達の事を棚に上げて、彼らを最低だと詰り始めた。そして、二人は相変わらず生贄のまま、生贄同士の友情すら失い、クラスメイト達の微かに残っていた良心と同情心を失った。
完全にブレーキを失った集団は生贄達をとことんまで追い詰めていった。そして、生贄達を『生き埋めゲーム』の最初のプレイヤーにした。
「フィクションとしか思えない内容ですね……」
「だが、現実で起きた事だ」
最初の殺人以降も三回目までは生贄達がホームレスを生き埋めにしていた。けれど、その次からは主犯格の少年少女達が暴力行為に加わり始めた。そして、ゲームを繰り返していく内に一人、また一人と参加する者が増えて行った。
その理由は単純だった。ホームレスの失踪に世間が一向に気が付かなかったからだ。警察が動く様子もなく、殺人事件を起こしたのに何も変わらない日常が続いていく。その異常な状況が彼らの精神に致命的な変革を齎してしまった。
―――― ホームレスには人権が無いんだよ。だから、殺してもいいの。警察だって、完全にスルーしてるじゃない。
その言葉を彼らは信じてしまった。
殺人を嫌がる者もいたけれど、既に殺人に手を染めてしまった者に強要された。
そして、死者5名を含む、総勢18人の被害者が出た所で警察が重い腰をあげ、彼らは全員が逮捕された。
「……ところで、警部」
「なんだ?」
「勢い任せに調べましたけど、今回の事件にゲーム・メーカーが関与しているとお考えですか?」
佐伯は過去の猟奇殺人の関係者が今回の事件にも関与していると睨んだ。そして、24年前の『岩瀬一家殺害事件』の犯人である羽村真理恵が白鳥彩音に名前を変え、被害者が通っている小学校の教師になっている事が判明した。白鳥にはアリバイがあるが、この事件の黒幕は彼女に違いない。そうなると、ゲーム・メーカーの立ち位置が分からなくなる。
「子供を利用するという手口は羽村よりも砂川の手口だ。共犯という線もある」
立花警部は佐伯の肩に手を置いた。
「焦るな、佐伯。管理官もお前の推理を支持していた。点と点を結んでいけば、いずれは事件の全体像が見えてくる」
「……はい」
仮に羽村と砂川が共犯関係にあるとしたら、その関係に至るまでの経緯がある筈だ。
その経緯を調べる為に、佐伯は次の事件である『伊山病院殺人事件』の調査の為、車のハンドルを握った。
16年前、中学生の男女6人のグループが入院中の少女に薬局で購入した市販薬を大量に飲ませ、オーバードーズ状態にした上で硫酸を飲ませて殺害した事件だ。
動機が不明瞭であるが故に、この事件にも羽村や砂川が関与していたのではないかという疑念が浮かぶ。
「……これだけの事件を引き起こしていながら、死刑にもならずに野放しなのか」
「そういうものだ」
立花警部の言葉に佐伯は納得がいかないままアクセルを踏んだ。
Comments