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執筆者の写真雪女 雪代

第二十七話『心理的盲点』

双六堂に向かう道すがら、何度もパトカーや警察官とすれ違った。

 

「物々しい雰囲気ね」

「立て続けに殺人事件が起きたわけだからね」


 亜里沙と紗耶の話し声をBGMにしながら、わたしは改めて事件の日の事を振り返ってみた。

 ゆうちゃんはいつも暗くなる前に帰って来る。門限を守る為ではなく、お気に入りのアニメを見る為だ。あの日もゆうちゃんがこよなく愛するアニメの放映日だった。しかも、予告を見た時に興奮のあまり叫び声を上げていた程の注目回だ。だから、アニメが始まる時間になってもゆうちゃんが帰って来ない事にわたしは不安を抱いた。

 ママは『蘭子は相変わらず過保護なんだから』と呆れていたけれど、わたしがゆうちゃんを探しに出掛けてから一時間経った頃に掛けて来た電話では焦りを滲ませていた。


 ―――― 蘭子! ゆうちゃんは見つかった!?


 その言葉でゆうちゃんが入れ違いに帰宅しているかもしれないという希望は打ち砕かれた。

 更に一時間探し回って、またママから電話があった。知人に片っ端から電話を掛けてみたけれど、誰もゆうちゃんの行方を知らないと言っていたらしい。

 わたしは不安でいっぱいだった。そんな時に部活帰りの紗耶と遭遇した。紗耶はすぐに亜里沙を呼び出して、三人で手分けをして探そうと提案してくれた。

 一時間が経ち、二時間が経ち、それでも見つからない。22時を超えた時、帰宅したパパが警察に連絡を入れた。夜遅くだったけれど、警察の人はすぐに駆けつけてくれたみたい。

 パパはわたしに一度帰って来るように言った。だけど、わたしはゆうちゃんが見つかるまで帰るつもりはなかった。だけど、亜里沙と紗耶にまで突き合わせるわけにはいかないと思って、二人にお礼を言って帰ってもらおうとしたら、二人は『途中で投げ出すのは趣味じゃない』とか、『舐めんな! アンタよりよっぽど体力があるのよ』と言って、ゆうちゃんの捜索を続行してくれた。

 二人の気持ちが嬉しかったし、きっと見つかる筈だと信じる事が出来た。三人揃えば、わたし達はいつだって無敵だったからだ。

 だけど、わたしはゆうちゃんを見つける事が出来なかった。


「……なんで、見つけられなかったんだろう」


 わたしはずっと市内を走り回っていた。当然、伊山小学校の前も何度も通った。

 なにしろ、ゆうちゃんの学校だからだ。可能性としては友達の家の次に高いと思ったから、何度も何度も立ち寄った。パニックを起こしていたし、眠気もあった。だけど、あんな目立つ場所にゆうちゃんの頭部があったら、見逃す筈がない。

 わたしだけじゃない。途中から捜索に加わってくれた浩介も伊山小学校で一度すれ違った。


「まるで手品よね。何もなかった所にいきなり現れるなんて」

「手品……?」


 亜里沙の言葉を聞いて、わたしは以前にゆうちゃんと見た手品の種明かしの番組を見た。

 登場したマジシャンは奇想天外なマジックの数々を披露した後、それぞれのトリックを丁寧に解説してくれた。種を知ってしまえば、どのマジックもすごく単純で、ゆうちゃんもすぐに真似る事が出来た程だ。

 マジシャンは言っていた。


 ―――― 凝った仕掛けを用意しなくても、心理的盲点を突けば、人を容易く欺く事が出来るのです。


 心理的盲点。マジシャンは確証バイアスだとか、認知的不協和だとか、難しい単語をいくつか並べ立てた後にこう言った。


 ―――― 要するに思い込みです。人は自分が信じている事を最も正しい事だと認識してしまう。だからこそ、『こうある筈だ』と思い込ませる事が出来れば、盲点を如何様にも作り出す事が出来る。この心理誘導こそがマジックにおいて何よりも重要なのです。


 わたしはテレビを見ながら、この人がマジシャンで良かったと心から思った。

 発言だけを聞いていると詐欺師のセミナーみたいだったからだ。


「……心理的盲点か」


 もしかしたら、あの日のわたしにも心理的盲点があったのかもしれない。

 だから、そこにある筈のゆうちゃんの頭部を見つける事が出来なかった。


「どうしたの?」


 亜里沙がわたしの顔を覗き込んできた。

 いつの間にか、わたしは足を止めていたようだ。


「この前の手品の種明かしの番組、二人も見た?」

「え? そんなのやってたの?」

「わたしは見たよ。なんか、すっごい悪そうな人が悪そうな顔で手品の種を説明してた奴よね?」

「そうそう、それそれ!」


 見ていなかった亜里沙に番組の内容を簡単に伝えた後、わたしは気になった点を口にした。


「あの日、わたしは死体が発見された場所を何度も通ったの。だけど、見つけられなかった。その理由って、もしかしたら心理的盲点が関係しているのかもって思ってさ」

「つまり、犯人は手品師って事か!」

「いや、そういう話じゃないでしょ……」


 すっとぼけた事を言い出す紗耶の事は置いておいて、わたしはあの日の自分の心と向き合う事にした。


「あの日、わたしはゆうちゃんが殺されているなんて思っていなかった。生きている筈だと信じていた。だから、首を切断されて、頭部だけを校門の前に置かれているなんて思いもしなかった」

「……そりゃそうでしょ」

「でも、それがわたしの思い込みだった」


 そして、わたしの心理的盲点はそれだけではなかった。


「わたしは生きているゆうちゃんを探していた。だから、それ以外のものに意識を向けていなかった」

「言いたい事は分かるけど、それでもゆうちゃんの頭部が置かれていたら気付いた筈でしょ?」

「でも、気付かなかった」


 わたしは何度か家に捜査状況を説明に来た警察の人の話を聞いた事がある。馬場という刑事さんだ。彼は死体が発見された時間帯の街中の監視カメラの映像を確認して、ゆうちゃんの頭部を運んでいる人間を割り出そうとしていると言っていた。だけど、そんな人は一向に見つからなかった。だからこそ、今になっても警察は犯人を逮捕出来ていない。

 マジシャンは言っていた。凝った仕掛けは要らないと。だから、シンプルに考えてみよう。

 頭部を運ぶんでいる人などいなかった。あの日、わたしが何度も通った伊山小学校の校門前にはずっとゆうちゃんの頭部が置かれていた。


「凝った仕掛けなんていらない。だったら……、黒い布が被せられていたとか……」


 伊山小学校の校門前には街灯がない。完全下校時刻後一時間までは校門に備え付けられている電灯が灯っているけれど、その後は真っ暗になってしまう。一応、少し離れた所には街灯があるから何も見えない程ではないけれど、黒い布を掛けられていたら闇の中に溶け込んでしまっていたかもしれない。それでも平時なら気になったかもしれないけれど、あの時のわたしはそれどころではなかった。


「布だけならポケットにも入るし……」

「そんな単純な事なら警察がとっくに気付いてるんじゃないの?」

「でも、それならゆうちゃんを探してたわたし達も全員容疑者ってのになるんじゃない? でも、わたし達、特に警察から何も言われてないわよ?」


 紗耶の言葉にわたしも頷いた。


「うちに来た人も頭部を運んでいる人はいなかったの一点張りなの」

「……ちょっと、聞いてみる?」

「え?」


 亜里沙はスマホを取り出した。亜里沙はどこかに電話を掛けた後、「行くわよ!」と言った。


「どこに?」


 わたしと紗耶が首を傾げると、亜里沙はわたし達の腕を掴んで双六堂とは反対の方向に引き摺って行った。そして、連れて来られたのは蓬莱館の傍の路地裏だった。

 そこには見覚えのある二人の男が待っていた。


「……亜里沙。今回だけやで?」

「あまり口外はしないでくれ……」


 一人は蓬莱館で会ったヤクザだった。そして、その隣に立っているのは瀬尾刑事だった。

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