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執筆者の写真雪女 雪代

第二十一話『嘘吐き』

いつの間にか眠っていたようだ。瞼を開くと、見慣れた天井が目に入った。そこには満天の星空が浮かんでいる。もちろん、本物じゃない。プラネタリウムのように光と影でそう見せているわけでもない。ただの壁紙だ。

 ゆうちゃんが幼稚園に入る前に家を建て替えた時、ママが子供部屋の天井には壁紙を貼ろうと提案したのだ。パパもノリノリでゆうちゃんにどんな天井がいいか聞いたけれど、ゆうちゃんはキョトンとするばかりだった。だから、わたしが『星空が良い!』と言った。

 まだ言葉使いもたどたどしかった頃、わたしはゆうちゃんとよく窓辺から夜空を眺めていた。ゆうちゃんが喜ぶからだ。ゆうちゃんが眠たくなるまで、ゆうちゃんが冷えないように抱き締めながら。

 壁紙は二種類あった。『夜の始まり』と『夜の終わり』。夜の始まりは暗い青、夜の終わりは薄い青。ゆうちゃんに壁紙のサンプルを見せて、どっちがいいか聞いてみた。すると、ゆうちゃんは夜の始まりを選んだ。だから、わたしの部屋の天井には夜の終わりが広がっている。


「……浩介が運んでくれたのかな?」


 部屋にはいない。空はすっかり暗くなっているし、自宅に戻ったのかもしれない。


「迷惑ばっかり掛けちゃってるな……」


 ため息を零すと、スマホの通知画面に『留守番電話が1件』という文字が表示されている事に気がついた。確認してみると見知らぬ番号が並んでいる。

 首を傾げながら再生してみると、意外な声が聞こえて来た。


『よう、嬢ちゃん。蓬莱館で会ったもんや』


 心臓が止まるかと思うほど驚いた。その声は蓬莱館で出会ったヤクザの声だった。

 

「ど、どうして……」


 困惑すると同時に血の気が引いていく。

 わたしはこの人に連絡先なんて教えていない。


『驚かせたらすまんのう。用件は一個だけや。あの写真は嬢ちゃんの弟が撮ったものやない』

「……え?」

『少なくとも、あの日に撮ったものやない。監視カメラをチェックしたんやが、小学生があの人形に近寄っとる映像はなかった。あれはインパクトが凄いからのう、写真を取りたがるもんが結構おるんやが、大体は図体がでっかいのばっかや。そもそもなぁ……』


 ヤクザは言った。


『蓬莱館は16歳未満の入店を基本的にお断りしとるんよ。親が同伴しとったら話は別やがな』

「え?」


 わたしは混乱した。それでは、あのSNSに投稿されていた写真の説明がつかなくなる。


『蓬莱館はカードショップがメインやが、二階はダーツとかのゲームも置いとるんよ。せやから、16歳未満を親の同伴無しに入店させとると風営法に引っ掛かってまうねん。そうなると、警察が喜々としてちょっかい掛けよって来るからのう。その辺りは普通のゲームセンターよりも厳しくしとるんよ』


 わたしは部屋のパソコンで蓬莱館を検索した。すると、公式のホームページがあり、そのトップ画面に『保護者の同伴が無い場合、申し訳ございませんが16歳未満の入店をお断りしております』という注意書きがあった。風営法を検索してみると、ヤクザの言い分が正しい事を証明する内容が表示された。


『それだけ伝えたかったんや。この事件に蓬莱館やわしらは無関係やからな。|間違《まちご》うても、警察にわしらが怪しいとは言わんといてくれ。せやないと、わしらも身の潔白の為に動かなあかんからな。多分やけど、あんまり良い結果にはならんと思うで』


 そこで留守番電話は終了した。

 わたしは急いでZEROで|シャラク《ゆうちゃん》のアカウントを調べる事にした。

 シャラクのつぶやきを遡っていくと、あの日の16時15分のつぶやきにあの写真があった。その前のつぶやきは友達に新パックの話を聞いたというもの。それはいーちゃんの家での事だろう。

 あの日、ゆうちゃんはいーちゃんの家で遊び、ウィザード・ブレイブの新パックの話を聞いて、カードショップへ向かった。そして、恐らくはそこでうっちゃんに森林公園で行われる大会の話を聞いた。

 そのカードショップをわたしは蓬莱館の事だと考えていた。だけど、ゆうちゃんは蓬莱館に行っていないし、行ったとしても入れてもらえない。


「……じゃあ、この写真は?」


 撮れない筈の写真。普通に考えれば、誰かに撮ってもらったか、あるいは他所にある写真を転載したと考えられる。問題は写真を掲載した理由が分からない点だ。

 そこに行った記録としてなら分かる。だけど、行ってもいない所にある人形の写真をいきなり載せるのは意味が分からない。かわいい物を見つけたから衝動的にSNSの友達に見せたくなったからとも考えられるけれど、それにしてはエッチ過ぎる。シャラクのお友達を確認してみると、明らかに同級生のものらしきアカウントがいくつもあった。中には女の子のアカウントもある。

 日曜日の朝の男の子向けのヒーロー番組が終わった後の女の子向けのアニメが始まると、恥ずかしがって直ぐにテレビを消してしまうゆうちゃんが友達にこんなエッチな人形の写真を広めようとするとは思えない。もちろん、わたしが知らない所でそういう性癖に覚醒していた可能性も無きにしも非ずだけど……。


「変だ……」


 わたしは改めてシャラクのつぶやきを見た。

 

 ―――― 2月26日 16:26 バスに一人で乗るの初めてだ。降りる駅を間違えないようにしないと! 次が伊山町三丁目だから、あと3つだ。

 ―――― 2月26日 16:32 公園に到着! バトルフィールドはどこだろ? シャラクと一緒に優勝するぞ!


 改めて見ると、つぶやきの間隔が短過ぎる気がした。それ以前のつぶやきは数時間置きになっている。日によっては一回つぶやくかどうかだ。

 

「バスに乗ってて、暇だったから……?」


 そう口に出した途端、更に大きな違和感に襲われた。


「……バスに乗って?」


 そんなわけがない。どうして、今になるまで気が付かなかったのか分からない。

 ゆうちゃんは乗り物酔いをする。だから、バスや車に乗る前は酔い止めを飲ませるようにしているけど、ゆうちゃんは薬が大嫌いだから、飲ませるのにいつも苦労していた。

 そのゆうちゃんがバスに一人で乗りながらタブレットでSNSにつぶやきを投稿するなんて、あり得ない。少なくとも、バスを降りた時にすぐタブレットで到着した事をつぶやく元気など残っているわけがない。


「ゆうちゃんじゃない……」


 うっちゃんから森林公園で大会が開かれる事を聞いた事は確かなのだろう。

 けれど、蓬莱館の人形の写真の投稿以後、シャラクのアカウントは中身が入れ替わっている。

 おそらく、このつぶやきを投稿したのはゆうちゃんを殺害した犯人だ。


「……もう一度、聞かなきゃ」


 わたしはリビングに向かった。そこにはゆうちゃんのクラスの連絡網がある。

 内田翔太くんの家の番号に電話をすると、すぐに翔太くんのお母さんが出てくれた。


『もしもし?』

「あの、夜分にすみません。わたし、昨日お邪魔した結崎悠斗の姉の蘭子です」

『……ああ、あなた。どうかしたの?』

「すみません。翔太くんに一つだけ聞きたいんです。あの日、悠斗とどこでイグニッション・キャリバーの話をしたのか』

『ああ、それなら双六堂よ』

「……え?」

『二丁目にあるおもちゃ屋さんなんだけど、分かるかしら? あなたのお母さんと白鳥先生からも聞かれたのだけど、翔太は双六堂で会ったみたい。ただ、言っておくけど翔太は事件と無関係よ! 向井さんの所の明夫くんや加瀬さんの所の次郎くんとずっと一緒にいたんだから。双六堂でも、ちょっと話しただけよ』

「も、もちろん、翔太くんを疑ってるわけじゃないんです! その……、ありがとうございました」


 電話を切ると、わたしは立っていられなくなった。

 昨日、わたしが出会った人達の中に明確な嘘吐きがいた。


 ―――― あまり詳しい事は話せないわ。だって、悠斗くんはこの店に来ていないんだもの。


 彼女は確かにそう言っていた。


「……で、でも、監視カメラには映っていなかったって」


 彼女はこうも言っていた。


 ―――― 警察の人にもカメラの映像を確認してもらったわ。


 警察を騙せるとは思えない。だけど、翔太くんは双六堂で悠斗と会ったと証言している。


「……たしか、明夫くんと次郎くんだったよね」


 わたしは連絡網を見て、向井家と加瀬家にも電話をした。すると、やはり二人は悠斗と双六堂で会ったと証言した。

 居た筈なのに居なかった蓬莱館。居なかった筈なのに居た双六堂。

 何か変だ。何かおかしい。


「まさか……、まさか……」


 ―――― まだ、犯人は捕まっていないの。悠斗くんを狙った犯人が、次はあなた達を狙う可能性もある。だから、私としては警察にすべてを任せて、家で待っていて欲しいわ。


 そう言って、わたしの身を案じてくれた人。

 ゆうちゃんの事で涙を流してくれた人。


「……確かめよう」


 まだ、犯人が彼女だと決まったわけじゃない。

 そう思って立ち上がった時、インターフォンの音が鳴り響いた。丁度、子機のあるリビングに居たから応答ボタンを押した。すると、見覚えのある顔があった。


『蛹内署の瀬尾です。結崎友枝さんは御在宅でしょうか?』


 友枝はママの名前だ。


「ちょっと待っててください」


 そう言えば、パパがママを探してくると言っていた。もう、戻って来ているかもしれない。そう思って、パパやママの部屋を見てみた。けれど、そこはもぬけの殻だった。

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