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執筆者の写真雪女 雪代

第九話『ウィザード・ブレイバー』

レオンは中古品のゲームや漫画を主に取り扱っているお店だ。わたし自身は入った事がない。だから、ここでウィザード・ブレイブが販売されているなんて知らなかった。


「来たは良いけど、ここには来てないと思うなぁ」

「そうか? 家から近いし、むしろ通ってそうじゃね?」

「だって、大通りの向かい側にあるんだよ?」


 大通りの向こう側には行っちゃダメ。口を酸っぱくして、いつもそう言い聞かせている。


「信号くらい渡れるだろ」

「でも、危ないもん!」

「……いつまでも籠の中の鳥じゃいられねーよ」


 浩介はやれやれと肩を竦めた。

 言いたい事は分かる。わたしだって、一生信号を渡るなとは言わない。だけど、まだ七歳だ。

 この大通りは交通量が少ない方だけど、代わりに危険運転の車を見かける割合が多い。

 今も大きな音を立てながら規定速度を遥かに超えた速度でバイクが駆け抜けていった。

 見晴らしが良いからこそ、ドライバー達は楽観的になってしまうようだとパパが言っていた。

 こんな所を小さい子だけで渡らせる気になどなれない。


「とりあえず、ダメ元で聞いてみようぜ」

「……うん」


 浩介に促されながら中に入ると埃っぽい匂いがした。あまり清潔な雰囲気ではない。

 だけど、子供達の姿がちらほら見えた。彼らはゲームソフトを食い入るように見つめている。

 釣られて値段に視線を向けると、驚くほど安い値段のシールが貼り付けられていた。


「え? このゲーム、100円!?」

 

 ゲームソフトは最低でも5000円以上すると思っていた。


「中古だからな。しかも、それクソゲーだぜ」

「なにそれ?」

「滅茶苦茶つまらないゲームって事だ。バグが多かったり、シナリオが退屈だったり、システムが面倒だったり、理由は色々だけどな。そういうゲームは安くなるもんだ」

「そうなんだ……」


 試しに漫画の棚も覗き込んでみた。すると、漫画にも二束三文の値札が付けられていた。

 小学生の子が貰える御駄賃でも買えるような値段だった。

 

「……あっ」


 その時、わたしの脳裏にはゆうちゃんの部屋の本棚の光景が浮かんだ。

 買ってあげた覚えの無い漫画が入っていた。ただ、パパかママが買ってあげたのかもしれないし、買ってあげた漫画のタイトルを一々覚えたりもしていなかったから、忘れているだけという可能性もあり、あまり気にしていなかった。

 もしかしたら、ゆうちゃん自身が買った漫画が混ざっていたのかもしれない。


「ゆうちゃん……」


 わたしは店の奥に進んだ。そこにはカードゲームのブースがあった。『カードショップ・アース』にもあったバトルフィールドもある。ただ、そこでカードゲームを楽しんでいたのは大人の男性だった。カードゲームは子供が遊ぶ為の物なのに、なんだか奇妙な光景だ。訝しんでいると浩介が「あんまりジロジロ見るな」と注意してきた。


「双六屋の人も言ってたろ。最近は大人も買ってるって」

「でも、それって資産運用の為でしょ?」

「普通に楽しんでる人間もいるんだよ」

「でも、ウィザード・ブレイブって、子供向けでしょ?」


 わたしが困惑していると、バトルフィールドでカードバトルをしている男性達が睨んで来た。


「だから、やめろっての! 大人だって、遊ぶんだよ!」


 ウィザード・ブレイブは子供が遊ぶ為の物だと思っていた。


「……じゃあ、ゆうちゃんも大人の人と遊んだりしていたの?」

「いや、それは……」


 浩介は目を泳がせた。


「わたし、聞いてくる!」

「え? お、おい!」


 ウィザード・ブレイブのバトルフィールド。そこにはわたしの知らないゆうちゃんが居る気がした。


「あの!」

「あへ!?」

「こ、こっちに来た!?」

「なんだよ!?」

「な、なんですか!?」


 さっきまで睨んで来ていたのに、近寄ると急にオドオドし始めた。

 奇妙な態度だ。何か、後ろ暗い事でもあるのだろうか?


「結崎悠斗を知りませんか? わたしの弟なんです。ウィザード・ブレイブが大好きなんです。一緒に遊んだ事はありませんか?」

「へひょっ!?」

「えっと……」

「ゆ、ゆいざきゆうと?」

「あ、あの、急に言われても何の事だか……」


 4人居る筈なのに、情報量が1人分しか得られない。なんだか凄くもどかしい。


「一回落ち着け!」


 浩介が頭をガシガシ撫でて来た。


「むぅ……」

「お、おお」

「我々は何を見せられているんだ?」

「他所でやってくれよ」

「こ、これはイケメンだけに許される行為……!」


 彼らは何故か感動した様子でわたし達を見ている。ますますわけが分からない。


「すみません、ゲームの途中で割り込んで」


 浩介はわたしを半ば押し退けるように彼らに声を掛けた。


「あっ、いえ……、その……、大丈夫です」

「少し驚いただけですよ」

「人探しですか?」

「えっと、結崎悠斗くんでしたっけ? もしかして、ニュースの?」


 おかしい。一瞬前までとは別人だ。何が起きたんだろう。


「はい。彼女は悠斗の姉なんです。少しでも情報が欲しくて」

「ああ……」


 彼らは顔を見合わせた。


「……ただなぁ、俺達も別に毎日ここに来てるわけじゃないし」

「小さい子とバトルする時もあるけど、名前とかは聞かないしな……」

「俺達より、店の人に聞いた方がいいと思うよ?」

「うんうん」

「……まあ、そうですよね、すみません」


 当然と言えば当然の解答だった。


「一応、ちょっと仲間にも聞いてみるよ。その間にお店の人から話を聞いてきな」

「はい! ありがとうございます!」


 四人はそれぞれスマホを操作し始めた。仲間というのはウィザード・ブレイブで一緒に遊んでいる人達の事なのだろう。彼らは真剣な表情を浮かべながらゆうちゃんの情報を集めようとしてくれている。その姿を見て、わたしは恥ずかしくなった。

 彼らは怪しくもないし、変でもない。思い遣りの心を持つ人達だ。そんな人達を色眼鏡で見たり、疑ったり、とても失礼だ。


「……あの!」

「へひゃ!?」

「な、なに!?」

「ちゃ、ちゃんと聞いてるよ?」

「メッセージだけだと見てないのも居ると思うから、電話でも聞いてみるけど、もうちょっと時間欲しいな……」


 わたしが声を掛けると、彼らはどもってしまう。まるで怯えているみたいだ。

 きっと、彼らに対する偏見が態度に出ていたのだろう。それが彼らの心を傷つけたに違いない。


「失礼な態度を取ってごめんなさい。それから……、ありがとうございます。少しでも……、どんな情報でもいいんです。弟の事をどうか……、お願いします」


 わたしが頭を下げると、彼らは「うん」と答えてくれた。


「出来る事はするよ」

「片っ端から電話してみるから、ちょっと待てて」

「そうだ。掲示板とか、SNSも見てみようぜ」

「あのさ。悠斗くんはスマホとか持ってたの?」

「いえ、持ってません。欲しがってはいたんですけど……」

「じゃあ、GPSで追うとかも無理か……」

「だとするとSNSもやってないか」

「どうだろ? 悠斗くん、スマホ以外の端末とかは持ってなかったの? wifiとかでネットに繋げられるタイプのタブレットとか」

「あっ、タブレットは持ってます!」

「マジで!?」

「はい! 学校で配られたものなんですけど」

「学校で!? 小学生だよね!?」

「ああ、聞いた事あるな。GIGAスクール構想って奴だろ」

「なにそれ?」

「文部科学省が進めてる政策だよ。今時はパソコンが必須の世の中だろ? だから、子供の内からデジタル機器に触れさせておこうって考えみたいだな」

「へー」

「でも、学校で配られたタブレットじゃ、SNSは出来ないよな」

「いや……、それがそうでもない」


 四人の中で一番太っている人がスマホを操作しながら言った。


「一応、制限は掛けてるみたいなんだけど、解除する方法があるみたいなんだ。しかも、その情報が結構出回ってるっぽい」

「ガバガバじゃん」

「それで良いのか文部科学省」

「って事は悠斗くんがSNSをやってた可能性があるわけだ」


 シャツに露出の多い女の子のイラストが描いてある人がそう結論を下した。

 だけど、わたしにはゆうちゃんとSNSが結びつかなかった。


「とりあえず本名で検索……って、事件のニュースばっかりだな」

「ウィザード・ブレイブ系の部屋も覗いてみようぜ」

「掲示板はどうかな?」

「あっ、結構時間掛かると思うから、君達は店の人に話を聞いてきなよ。こっちで調べられる事は出来る限り調べとくからさ」

「……ありがとうございます!」


 四人はそれぞれ親指をグッとあげた。その姿がなんだかおかしくて、わたしも少し笑いながら真似をしてみた。

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