双六堂の人達だけではなく、レオンで出会ったブレイバー達も嘘を吐いていた。
信頼出来る人達だと思っていただけにショックが大きい。
彼らは少なくとも、わたしと会う前からわたしの名前を知っていた。そうでなければ、『こーちゃんに蘭子が自分の事をどう思ってるか聞いてくれって言われた。ウケる』というつぶやきからゆうちゃんのアカウントだと特定する事など出来る筈がないからだ。
「……でも、もしかしたら」
わたしはブレイバー達との会話を更によく思い出す事にした。
そもそも、彼らは最初からSNSのアカウントを探そうとしていたわけでは無かった気がする。
―――― 一応、ちょっと仲間にも聞いてみるよ。その間にお店の人から話を聞いてきな.。
―――― メッセージだけだと見てないのも居ると思うから、電話でも聞いてみるけど、もうちょっと時間欲しいな……。
そうだ。最初はウィザード・ブレイブを遊ぶ仲間から情報を集めてくれようとしていた。それと並行して、SNSを調べようとしてくれていた。
もしかすると、その仲間の誰かがわたしの名前を知っていたのかもしれない。きっとそうだ。
―――― な、何か分かるといいね。
―――― その……、難しいとは思うけど元気だしてね。
―――― いつでも連絡してよ! 協力するからさ!
―――― が、がんばれ!
そう言ってくれた彼らを疑うなんて、どうかしている。
「蘭子?」
「……なんでもない。それより、続きを話すね。ブレイバーと別れた後、わたし達は蓬莱館に向かったの」
「ああ、あの時会ったのがそのタイミングっちゅうわけやな」
「うん。ブレイバー達が突き止めてくれたゆうちゃんのアカウント、シャラクが投稿していた『誘いの魔法少女・ミリアル』の写真がここで撮られたものだって聞いたから」
「せやけど、嬢ちゃんに電話で伝えた通りや。蓬莱館にゆうちゃんは来とらんかった」
「……悠斗少年のアカウントに悠斗少年が撮影していない画像が載っていた?」
「それ自体はあり得なくもないと思うの。どこかで見つけた画像をただ転載しただけの可能性もあるしね。ただ、その画像はちょっとエッチ過ぎると思うの」
「たしかに……」
「ゆうちゃん、こういうのが好みだったのかな?」
「その可能性も否定出来ないけど、前後のつぶやきを見ても脈絡がないし、ゆうちゃんは女の子向けのテレビを見ている所を見られるだけで恥ずかしがっちゃう子なの。だから、いくらSNSでも、クラスのお友達っぽいアカウントとお友達登録をしている中で、こんな画像を投稿するとは思えない」
「つまり、何者かが悠斗くんのアカウントを乗っ取った可能性があるというわけだな」
瀬尾さんの言葉に頷きながら、わたしは蓬莱館を出た後の事も語った。
「蓬莱館を出た後は伊山小学校で白鳥先生に会って、それからゆうちゃんに森林公園でのウィザード・ブレイブの大会が開かれると教えた内田翔太くんの家に向かったの。翔太くんは学校で大会のポスターを見たと言っていたけど、ブレイバー達は大会の事を知らなかったみたい」
「学内だけの小規模な大会だったという事だろうな」
「……でも、その大会の景品は海外で先行発売された『イグニッション・キャリバー』のパックだったの。小学生同士の大会で、そんな物が景品になる事って、あるのかな?」
「そいつは確かに妙な話やな。海外で先行発売されとるカードを手に入れるには、それなりに手間が掛かる。それに、海外版のカードのテキストは全部英語や。小学生が英語のカードなんざ、ありがたがるとは思えんのう」
「それに会場が森林公園というのも妙だ。伊山小学校からは遠過ぎる。小学生同士が集まる場所としては不向きだ」
「せやな。そもそも、森林公園のどこでやるんや? 休憩出来る場所はあるけど、多人数でカードゲームが出来るようなスペースは無いで」
「なら、翔太くんが嘘を吐いてるって事じゃない?」
亜里沙の言葉にも一理ある。小さい子は特に理由がなくても嘘を吐く事があるからだ。
それに、肝心なのは森林公園で実際に大会が開かれたかどうかじゃない。
「その可能性が高いと思う。ただ、彼が双六堂でその事をゆうちゃんに話した事は確かだと思う。だから、警察も双六堂の人を容疑者だと見てるんですよね?」
「いや、実は少し違う。あまり詳しくは話せないが、我々が双六堂を怪しんだのは別口での独自捜査の結果なんだ」
別口の捜査というのが気になるけれど、話せないと言っている以上、聞いても無駄だろう。
それに、わたしが聞きたいのはそこじゃない。
「とにもかくにも、本題はここから! 瀬尾さん、警察の人はゆうちゃんの頭部がいつからあそこにあったと思ってるんですか?」
「……それは、恐らく直前だろうと考えている。捜査員があの場に向かうルートも割り出しているからな」
「ルートって?」
亜里沙が聞くと、瀬尾さんは少し躊躇った後に言った。
「塀の上だ」
「塀の上!?」
わたし達は目を丸くした。
「そうだ。塀の上を誰かが歩き回った形跡があった。そのルートならば監視カメラにも映らない。ただ、そのルートを使う事が出来たのは小学生の中学年以下だろうと言われている……」
「……それ、本気で言ってるの?」
紗耶は正気を疑うように瀬尾さんを見た。
「正直、私も半信半疑だ。だが、警察犬が塀に向かって反応を示していたし、それ以外のルートで持ち込む事はほとんど不可能だった」
「反応したのはゆうちゃんがそこを行き来してたからでしょ」
紗耶が呆れたように言った。
「……え?」
瀬尾さんはポカンとした表情を浮かべた。わたしも似たような顔をしている。
「何処の塀の事を言ってるのか、大体想像がつくんだけど、わたしもその塀を伝ってよくショートカットしてたし、他の子も結構使ってたよ」
「は? え? そうなのか!?」
唖然となっている瀬尾さんの隣で、わたしも同じ表情を浮かべている。
ゆうちゃんが日常的にそんな危ない事をしてたなんて思わなかった。だけど、よく考えてみると、小学生時代によく紗耶がクラスの男子に混じって塀に登って遊んでいた事を思い出した。
「し、しかし、だとしてもそこ以外には……」
「瀬尾さん。黒い布で覆ってたとか考えなかったんですか?」
「え?」
わたしが問い掛けると、瀬尾さんは虚を突かれたような表情を浮かべた。
「深夜だし、街灯も遠いから、黒い布とかで覆ってたら見逃しちゃってたかもしれないと思ったんだけど、その辺りの事は警察的にどうなんですか?」
「……そ、それは」
瀬尾さんが青褪めていく。
「まさかとは思うけど……、思いつかなかったんですか?」
「通行人が全員見逃していた可能性について、捜査本部で言及された事は無かったと思う……」
瀬尾さんの言葉にわたし達はポカンとした表情を浮かべた。
「捜査本部は当初から悠斗少年の頭部をあの場所へ運んだ方法ばかり議論されていた。無論、理由はあるんだ。初動捜査の段階で警察犬も導入されたが、頭部が置かれていた場所以外に痕跡が何も見つからなかったからだ。だから、『発見されるまで何処かに頭部を隠していた』という可能性が排除されてしまっていた……」
「まさか、発見された場所に隠されとったとは思わんかったちゅーわけやな……」
だとすると、その可能性を前提とした捜査も行われなかったという事だ。
「……黒い布だけならポケットにも仕舞えますよね?」
「ああ、そうだ。そうなると、今まで容疑者から外していた人間もすべて調べ直す必要が出てくる」
監視カメラの映像も洗い直しだと、瀬尾さんはますます青褪めながらスマホを取り出した。
そして、何処かに連絡を入れると、すぐに「なんだって!?」と声をあげた。それからしばらく話した後、彼は通話を切って、わたし達に向き直った。
「……白鳥彩音が逮捕された。それから、君のお母さんも見つかったとの事だ」
「え? は!?」
わたしは亜里沙と紗耶と顔を見合わせた。
◆
わたし達はわけがわからないまま、次郎さんと別れて蛹内警察署に向かった。
母も事情聴取を受けているとの事で待合室に通され、わたしは気が気でない時間を過ごす事になった。しばらくするとパパもやって来て、亜里沙と紗耶はわたし達の気を紛らわせようとショートコントを始める空回りっぷりを披露してくれた。そんな風にして待っていると、ママが待合室に来た。
「ママ!」
「蘭子!」
思わず飛びつくと、ママは力強く抱き締めてくれた。
一度、最悪を予感した事もあったから、すごく安心した。
「友枝! 大丈夫だったか!?」
「あなた……」
そして、パパが駆け寄ると、ママはパパにキスをした。
「わお」
色々と感極まってしまったのかもしれない。娘やその友達の前で、実に大胆だ。
「と、友枝! ら、蘭子の前だから、続きはまた後にしよう」
「え、ええ! ごめんなさいね!」
親のラブシーンは様々な感情を一発で吹き飛ばすパワーがある。
わたしは何とも言えない気分になった。
「……ねえ、ママ。白鳥先生は……」
「ああ、そうだわ。蘭子、これ」
白鳥先生の事を聞こうとしたら、ママは一冊の本を渡して来た。
「な、なにこれ?」
「白鳥先生が渡して欲しいって言ってたのよ」
「先生が?」
わたしは本のタイトルを見た。
そこには『探偵の流儀』と書いてあった。
「な、なんで、この本を?」
「先生はその本があなたに必要だと言っていたわ。私もよく分からないけど、一度読んでみて」
「う、うん……」
白鳥先生は双六堂の店主を殺害したらしい。その時、ママも先生の傍に居たと言う。だけど、ママは白鳥先生に負の感情を一切抱いていないように見える。
「ママはどうして先生と一緒にいたの?」
「友達だからよ」
「え?」
「子供の頃から、ずっと友達だったの。先生の事を、きっとこれから色んな人が悪く言うわ。それこそ、言葉に出したくもないような酷い事をたくさん。だけどね? それは彼女を知らない人の言葉。蘭子。先生はあなたが思い描いている通りの先生よ。だから、信じてあげてね」
「……う、うん」
わたしは戸惑いながら先生から贈られた本に視線を落とした。
それはタイトルから予想した通りの探偵小説だった。パラパラと捲ってみると、最後の方のページに赤ペンでラインが引かれていた。
―――― 真実は時に残酷だ。けれど、目を逸らしてはいけない。例え如何なる真相が待ち受けていようとも、足を止めずに真実へ辿り着く意思。それこそが唯一無二の『名探偵の条件』だ。
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