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執筆者の写真雪女 雪代

第四話『捜査』

佐伯亮太と立花警部が事件現場に辿り着いたのは時計の針が20時を超えた頃だった。

 聞き知ってはいたものの、事件現場の周辺に視線を巡らせると奇妙に感じる。

 伊山小学校は住宅街のど真ん中にあり、少し離れた所にはコンビニや深夜まで営業している居酒屋もある。死体が発見された午前4時頃まで、誰の目にも触れなかったというのは些か以上に不可解だ。


「気付いているようだな。そうだ。ここは深夜でも人目につく。別の捜査員が一晩張り込んだ所、午前2時頃まではそれなりに人の行き来があった。数は減るが、それ以降もな。殺人事件の現場である事を踏まえれば、事件発覚前は更に多くの人がこの通りを利用していた事になる」

「では、やはり結崎悠斗くんの頭部が置かれた時間帯は発見される直前だったという事でしょうか?」

「少なくとも午前三時から発見時刻である午前四時頃までの間である事は間違いないだろう」

「司法解剖の結果によれば、結崎悠斗くんの頭部には野生動物に噛み千切られたような損壊箇所が複数あったそうですが……」

「張り込みの捜査員が試しに生肉を置いたらしい。だが、カラスや野良猫はついぞ現れなかったようだ」

「そう言えば、最近はめっきり見なくなりましたもんね、カラスや猫も」


 一昔前に野良犬が駆逐された後、カラスや野良猫の餌場となるゴミ捨て場には網が掛けられ、蛹内市でも野生動物を見る機会はめっきり減ってしまった。捜査員が置いた生肉を齧る動物が現れなかったのもあながち偶然とは言えない。


「一週間前の2月26日の14:30頃に結崎悠斗少年は『遊びに行ってくる』と家族に言い残して外出した。そして、それから約12時間の間に殺害され、首を切断された。その首は野生動物が生息している場所で一時的に放置され、それから午前3時から午前4時までの間に伊山小学校前に運ばれたわけだ」


 立花警部は懐から折り畳まれた地図を取り出し、覆面パトカーのボンネットに広げた。

 郊外にある『蛹内森林公園』が赤い線に囲まれ、そこから伊山小学校へ向かう経路にいくつもの線が引かれている。

 恐らく、野生動物が生息している区域として、立花警部は森林公園に当たりをつけたのだろう。安直に感じるけれど、他の候補となると距離が離れ過ぎている。可能性はゼロでは無いけれど、一歩目として森林公園を調べる事は理に適っている。

 佐伯は注意深く地図を観察して、いくつかの経路に☓印が書き込まれている事に気が付いた。そのルートの途上には赤く印を付けられたコンビニやマンションがある。


「……監視カメラですか? この赤い印って」

「そうだ。路上を映しているカメラがあった場所に印を付けている」


 街中の監視カメラの映像はすべて捜査本部で分析を進めている。

 事件発生から一週間。ほぼチェックは完了している筈だ。ただ、その情報は所轄の末端である佐伯の所までは届いていなかった。


「判明しているカメラの映像はすべてチェックさせているが、不審人物の特定には至っていない。少なくとも、午前2時から午前4時までの間ではな。無論、今後進展があるかもしれないが、それまでは映っていない事を前提に監視カメラを避けるルートを見つけ出そうとしている所だ」

「なるほど……」


 蛹内市は都市部程監視カメラに塗れているわけではない。けれど、公共機関や事故が起こりやすい交差点などの要所には街頭防犯カメラが設置されているし、地図にもあるようにコンビニや大きめのマンションには広い範囲をカバーする防犯カメラが設置されている場合もある。


「……無理な気が」

「どうした? 気になる事があるのならば言え。その為に連れて来ているのだからな」

「は、はい。あの、個人で街中の監視カメラの死角を割り出す事なんて、不可能ではありませんか?」

「ああ、普通は不可能だ。監視カメラのカバー範囲など、見た目だけでは分からん。加えて、個人宅の防犯カメラの所在など、我々が一週間掛けて捜索しても全てを割り出せているわけではないしな」

「時間を掛けてコツコツと探し回っていたら不審人物として知れ渡っているでしょうしね」

「良い着眼点だ。そのような不審人物の目撃情報はない」

「でしたら、やはり、何処かのカメラに映り込んでいるのでは? 類稀な幸運の持ち主という線も無くはありませんが……」

「だから、こうしてカメラを避けるルートを調べる事は無駄だと?」

「い、いえ! そういうわけでは……」

「確かに、無駄に終わる可能性も高い」


 立花警部は言った。


「だが、無駄に終わらない可能性もある。その時、君は『無駄だと思ったから調べていなかった』と言えるのか? 上司や同僚だけではなく、遺族の前で」

「……言えません」

「ああ、私も言えない。覚えておけ。捜査員の怠惰は犯罪幇助と何ら変わらない」

「申し訳ございません……」


 佐伯が頭を下げると、立花警部は表情を和らげた。


「それにしても、君はよく気が付くな。馬場くんが言っていた通りだ」

「馬場が?」

「ああ、代役なら君が適任だと推薦して来たのは他ならぬ彼なんだ」

「……アイツ」


 馬場に対して、少なからず嫉妬の感情を抱いていた佐伯は複雑そうに視線を落とした。


「さて、君はどう思う?」

「どう……、とは?」

「カメラの映像はあらかたチェック済みだ。新たに発見されたカメラの映像も逐一分析班に渡している。それでも容疑者の特定にすら至っていない。その理由が君には分かるか?」

「……頭部を運んでいる様子が無いからでしょうか?」


 今回の死体発見場所は殺人現場ではない。だとすると、犯人は死体を運搬した事になる。

 頭部は人体の中でも最も重い部位だ。サイズもそれなりに大きい。加えて、血の匂いなどの異臭も放っていた筈だ。運搬には相応のサイズの密閉出来る容器が必要になる。

 リュックサックなり、袋なりに入れるにしても相当にかさ張る筈だ。


「正解だ。映像の分析には人の目の他にも専用のソフトウェアを使用している。その結果、人間の頭部を運んでいる様子の人間は一人も居ない結果となった」

「なら、そもそも運んでいない可能性はありませんか?」

「あらかじめ死体発見場所の近くに頭部を隠していたのではないかと言いたいのだろう? その可能性は初動捜査の段階で否定されている。警察犬を動員して、周辺をくまなく捜索したが遺留品の類は発見されなかった。何処かに一定時間保管されていたのならば何らかの痕跡が残る筈だからな」


 佐伯は溜息を零した。当たり前と言えば当たり前の話だが、下っ端如きの浅知恵程度で思い付ける事を本庁のベテラン刑事達が思い付けないわけがない。


「気を落とすな。着眼点は良い。タッグを組む相手としては実に頼もしいぞ」

「……はぁ、ありがとうございます」


 どうやら、試されていたようだ。


「さて、調査するルートの確認だ」


 立花警部はボンネットに広げた地図に視線を向けた。


「とは言っても、普通のルートはすべて調査が完了している」


 その言葉通り、地図に書き込まれた伊山小学校と森林公園の間のすべての線に調査済みを意味しているであろうチェックマークが描き込まれていた。

 つまり、今は普通ではないルートを探る段階にあるようだ。

 佐伯は地図を注視した。すると、いくつかの経路の途中でカメラの赤印を避ける線が後から付け加えられている事に気が付いた。その線は駐車場を突き抜けたり、マンションや商業施設を通り抜けていた。


「……これは」


 中には明らかに民家を通り抜けている線もあった。


「民家の中を通り抜けたら住民が気付くのでは?」

「正確には民家だった場所だ。今は売家になっている家、更地になっている土地などだな」

「なるほど」


 住民に運良く気付かれなかったとしても、民家を通る事は犯人にとって相当なリスクになる。だからこそあり得ないのではないかと考えたが、そういう事ならば納得だと佐伯は頷いた。

 

「ですが、こういう所を通ったとしたら、犯人は完全に街中の監視カメラの範囲を把握している事になりませんか?」

「そうなるな」


 さすがにあり得ない事を前提にした捜査は時間の無駄ではないかと佐伯は思った。

 

「『時間を掛けてコツコツと探し回っていたら不審人物として知れ渡っている』と君は言ったな」

「は、はい」

「具体的にはどの程度の時間を想定しての言葉だ?」

「え? それは……」

「何週間も毎日監視カメラを探し回っていれば、確かに不審者として住民に見咎められている事だろう。だが、そのような証言は今のところ出ていない。ならば、何週間ではなく、何ヶ月、何年という単位の中で毎日ではなく、週に一度や月に一度ずつならばどうだ?」


 その言葉に佐伯は己の迂闊さを思い知った。


「……調べる時も別の目的を装う事も出来ますしね」

「そういう事だ。可能性は確かに低いが、あり得ないとまでは言えない。だからこその調査だ」

「申し訳ございません。差し出がましい事を言いました」

「謝る事ではない。納得する事は重要だ。納得出来ない仕事には集中など出来まい。疑問や不満があるならば洗い浚い口に出せ」

「は、はい」

「さあ、行くぞ。今夜はこのルートとこのルートを調査する。残るルートは明日の朝だ」

「はい……」


 佐伯は溜息を零しそうになった。今夜はあまり睡眠時間を取れなさそうだ。

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