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執筆者の写真雪女 雪代

第十五話『名探偵お姉ちゃん』

『うっちゃん』こと、内田翔太くんの家は伊山町一丁目の坂の上にある。その坂はわたしが幼い頃から何百回も往復した事がある道だ。坂の上には小学校がある。蛹内市立伊山小学校。わたしの母校であり、ゆうちゃんが通っていた小学校だ。歩き慣れた道なのに、一歩進む毎に足が重くなっていく。

 あの日もそうだった。ゆうちゃんが見つかったと連絡を受けて、一緒に探してくれていた|亜里沙《ありさ》や|紗耶《さや》と共に伊山小学校へ向かった時も、近づくにつれて足が重くなっていった。


 ―――― 蘭子ちゃん。落ち着いて聞いてね。


 連絡をくれた白鳥先生の声が震えていたせいで、嫌な予感がしたからだ。そして、その予感は最悪な形で的中してしまった。

 辿り着いた時、すでに警察が集まっていて、深夜の住宅街が赤々と照らされていた。

 わたしが近づいていくと、若い刑事さんに止められた。


 ―――― 見てはいけない。


 その言葉をわたしは無視した。だって、そこにゆうちゃんが居るからだ。

 だから、制止する彼の手を振り払って、無理やりブルーシートの壁の向こうへ潜り込んだ。

 そして、そこにはゆうちゃんがいた。目と目が合った。わたしが駆け寄ろうとすると、今度は初老の刑事さんに捕まった。離して欲しいと何度も願った。ゆうちゃんの名前を何でも叫んだ。だけど、刑事さんは離してくれなかった。わたしを無理やりブルーシートの外に出ると、彼は怒鳴り声を上げた。


 ―――― 佐伯! この馬鹿野郎! なんで通したんだ!?

 ―――― す、すみません、瀬尾さん!

 ―――― すみませんじゃねぇ!


 その怒鳴り声があまりにも恐ろしくて、わたしの思考は真っ白になった。

 その後、わたしは亜里沙や紗耶に支えられながらパパとママの到着を待つ事になった。

 わたしはただ震えている事しか出来なかった。

 遅れてやって来たパパとママに佐伯という刑事さんは今度こそ職務をキチンと全うした。そして、ブルーシートの向こう側から再び顔を出した瀬尾という刑事さんと話をして、パパだけが中に入った。そして、パパの叫び声が響き渡った。まるで獣が吠えているかのような声だった。

 その場所に近づいていく。あの光景が脳裏に蘇ってくる。地面の上に無造作に置かれたゆうちゃんの頭部。そこには恐怖と苦痛の感情が刻み込まれていた。

 ゆうちゃんは痛い事が大嫌いだ。予防接種の注射を打つ時はいつも大泣きしていた。

 死因は撲殺による即死だと警察の人は言っていた。首の切断は死後に行われたものだとも言っていた。だけど、そんな事は何の慰みにもならない。

 

「……ゆうちゃん」


 坂の上に辿り着いてしまった。そこからはもう伊山小学校が見えてしまう。

 わたしの足は自然と伊山小学校に吸い寄せられていった。

 伊山小学校の校門にはたくさんの花束やお菓子、おもちゃが飾られていた。テレビでここに献花に来る人達の映像が流れていた。日本中からたくさんの人が来ていたらしい。今もサラリーマンの人が花束を置き、一礼してから去って行った。

 彼らのほとんどはゆうちゃんの事を何も知らない。だけど、彼らがくれた花やお菓子、おもちゃの山を見たら、ゆうちゃんはきっと大喜びだ。

 校門の前まで来ると、丁度中から年配の女性が出て来た。


「蘭子ちゃん!」

「白鳥先生……?」


 彼女は白鳥彩音。伊山小学校の教師で、小学生時代のわたしの担任だった人だ。更に言えば、ゆうちゃんの担任の先生でもある。姉弟揃ってお世話になった人だ。

 いつも穏やかに微笑んでいて、白鳥先生の前ではどんなやんちゃな子も落ち着きを取り戻す。

 一番好きな先生は誰? と聞かれたら、今の担任の先生には大変申し訳ないのだけど、わたしは白鳥先生の名前を挙げるし、多分だけど、クラスメイトだった子達もみんな同感だと言ってくれる筈だ。


「ここに来て、大丈夫なの?」


 心配そうに彼女は言った。

 大丈夫ではない。だけど、そう言っても困らせるだけだろう。


「大丈夫です」

「……そう。でも、あまり出歩かない方がいいわ。まだ、犯人は捕まっていないのだから」


 双六堂の葵さんからも同じ事を言われた。だけど、帰るわけにはいかない。

 だって、ゆうちゃんが困っているから。


「ごめんなさい、先生。わたし、まだやる事があるんです」

「それは自分の命よりも大切な事なの?」


 いつもの穏やかな微笑みを消して、彼女は問い掛けて来た。


「はい」


 わたしは頷いた。彼女が言う通り、まだ犯人は捕まっていない。もしかしたら、犯人はわたしの事も狙っているかもしれない。だけど、それならそれで好都合だ。

 犯人なら、必ずゆうちゃんの体の在り処を知っている。

 敵わないかもしれない。殺されてしまうかもしれない。だけど、もしかしたら聞き出す事が出来るかもしれない。

 ゆうちゃんの体を見つける事はわたしの命よりもずっと大切な事だ。それだけは断言出来る。

 だって、わたしはゆうちゃんのお姉ちゃんなのだから。


「……悠斗くんの為なのね」

「はい」

「犯人を探しているの?」

「違います」


 見つけられる事に越した事はないけれど、わたしの目的はあくまでもゆうちゃんの体だ。

 

「ゆうちゃんの体を見つけてあげたいんです」

「……そう」


 白鳥先生はまぶたを閉ざして、深く息を吸い込んだ。

 

「なら、生きなければいけないわね」

「え?」

「悠斗くんを見つけてあげるのでしょう? 死んでしまったら、もう見つけてあげる事が出来ないわ」


 彼女はわたしを抱き締めた。


「焦らないで、蘭子ちゃん。大丈夫よ。探し求める者がいる限り、見つからないものなど何もないの。だから、きっと見つかるわ」


 その独特な言い回しに笑みが溢れた。

 白鳥先生は伊山小学校に来る前から先生だった。以前は中学校や高校で教えていて、その更に前は塾の講師などもしていたみたい。まさに筋金入りの教師だ。そんな彼女の専門は現国だ。その為か、時々文学的な言葉を口にする。それが何だかかっこ良くて、真似をする子が結構いた。


「蘭子ちゃん。あなたは生きなさい」

「……はい」


 ゆうちゃんの体を見つける為なら死んでもいいと思った。だけど、それは本末転倒もいいところだ。見つける為には生きなければいけない。わたしは彼女の言葉に深く頷いた。


「きっと、悠斗くんはあなたを待っているわ。名探偵になったお姉ちゃんを」

「名探偵……」


 イメージするのは山高帽にチェック模様のマントを羽織った伝説的名探偵。

 わたしがその格好をして、ゆうちゃんがケタケタと笑う光景が浮かんだ。


 ―――― ふっふっふ、名探偵お姉ちゃん、参上!

 ―――― 姉ちゃん、変な格好してる!

 ―――― なにぃ? かっこいいでしょうが!

 ―――― へーんなの! へーんなの!


「もう、ゆうちゃんったら……」

「蘭子ちゃん?」


 困惑した様子の白鳥先生にわたしは宣言する事にした。


「先生! わたし、名探偵になります! 絶対、ゆうちゃんを見つけます!」

「え、ええ! その意気よ、蘭子ちゃん」

「はい!」


 待っていてね、ゆうちゃん。名探偵お姉ちゃんが必ず見つけてあげるから。

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