蓬莱館は不思議な建物だった。
「中華風……?」
「そんな感じだな」
赤い柱が立ち並び、屋根瓦の端が反り返っている。
中に入ってみると、外観とは裏腹にサイケデリックな空間が広がっていた。
「なんか、不思議な空間……」
天井からは赤やオレンジ、緑、青のランプが吊り下げられていて、店内を極彩色に染め上げている。
あちこちに古いカフェのような足の短いテーブルが並べられていて、その上にはウィザード・ブレイブのバトルフィールドが乗っている。
壁には巨大な目が描かれていた。まるで、得体のしれない怪物に見られているような気分だ。落ち着かない。
「けど、カードショップではあるみたいだな」
浩介が近くの棚を見ながら言った。そこにはウィザード・ブレイブのカードが丁寧に陳列されていた。
「とりあえず、お店の人に話を聞いてみよう」
「うん」
広い店内の片隅に二階へ通じる階段があった。その前に黒尽くめの男の人が立っている。きっと、彼らが店員なのだろう。
「あの、すみません」
「あ? なんや?」
一瞬、聞き間違いかと思った。店員らしき男は実に面倒臭そうな表情を浮かべながら、わたし達を睨みつけている。
「阿呆! 睨みつけるんやない! すまんのう、お嬢ちゃん。わしら、店員じゃないんよ。カードの事なら、あっちのエプロン着けとる兄ちゃんに聞いてくれへんか?」
「は、はい」
「わ、わかりました」
店員ではないと言いながら、彼らは階段の前で門番の如く立ち続けている。
不思議に思いながら離れると、浩介が小さい声で呟いた。
「……多分、宝岑会の人間だ」
「宝岑会?」
「ヤクザだ。この店はヤクザが経営してるっぽいな」
「ええ!? だって、ゆうちゃんはこの店に来てたんでしょ!? まさか……」
「早まるな!」
さっきの二人が犯人の可能性がある。そう思うと居ても立っても居られないのに、浩介に腕を掴まれた。
「なにするの!?」
「それはこっちのセリフだ! 相手はヤクザなんだぞ」
「でも!」
「……|自分《じぶん》ら、ちょーっと声がデカ過ぎやな」
ドキッとした。浩介の手を振り払おうとしていると、いつの間にかヤクザの一人が目と鼻の先まで近づいて来ていた。
「他のお客さんが怖がってまうやろ? もうちーっとばかし、声のボリュームを落としてくれんか?」
「あ、あの! ゆうちゃんの事を知りませんか!?」
「お、おい、蘭子!」
「……ゆうちゃん? 誰やねん」
「わたしの弟です! 結崎悠人。ここに来た筈なんです!」
「ゆいざきゆうと……、ゆうと……、ゆいざき……、ゆうと……って言うと……」
ヤクザの男はゆうちゃんの名前を口の中で何度も転がした。
「……ニュースで聞いた名前やな。ここに来たってのは確かなんか?」
「確かです! ここにコレがあるんですよね!?」
わたしは|シャラク《ゆうちゃん》のつぶやきに貼り付けられた際どい服の女の子の人形の写真を見せた。
「あーっと……、あるんか?」
「あるって聞きました! ブレイバーに!」
「ブレイバーに……? なんや、ブレイバーって……」
「ウィザード・ブレイブのプレイヤーの事をそう呼ぶって聞きました!」
「そうなんか? 知らんかった……」
「……あの、ここの経営者じゃないんですか?」
「あん? あーっと、そうとも言えるし、そうとも言えんな。シノギって言って、分かるか?」
「シノビ?」
「ニンニン……って、ちゃうわ! まあ……、経営者でええわ。ただ、基本的には雇われ店長に任せっきりや。最近は不思議な世の中でのう。何を売るよりもカードが売れる。内木戸が言うには、最近は『腐敗姫のミリー』っちゅう、女の子のカードがとんでもなく高く売れるらしいで。一枚で100万円や!」
「ひゃ、100万円!?」
びっくりだ。五枚で150円くらいのカードパックを何度かゆうちゃんに買ってあげた事があるけれど、そのカードが100万円になるなんて信じられない。
「……もしかして、ゆうちゃんも高いカードを持ってたのかな? だから……」
「いや、それはないな」
「え? でも……」
「ガキンチョが持っとるカードなんざ、大抵はヨレヨレやからな。どんだけ高いカードでも売りもんにならん」
「で、でも、ゆうちゃんはカードを大事にしてましたよ! ちゃーんと一枚一枚袋に入れて、すっごく偉いの!」
「……いや、まあ、偉いとは思うけどな? 傷一つ付いただけでアウトやねん。ちっこい折れ目もダメや。新品同様やないとな。袋ってな、カードスリーブの事やろ? それだけじゃアカンねん」
「え? でも、遊ぶ為の物なんだし、少し傷があっても別にいいんじゃ……」
「ちゃうねん。そやないねん。高いカード|買《こ》うとる連中は遊ぶ為やなくて、飾る為に買うんや。遊ぶ為に買うとる奴もおるやろうけど、大抵はな」
「飾るの? カードを?」
「せやせや。コレクションしとるんよ。わしも昔は王冠を集めとったもんや」
ウィザード・ブレイブ。ただの子供向けのおもちゃだと思っていたのに、想像以上に凄い世界だ。
「って、何の話やっけ? せや! ゆうちゃんの話やったな。よっしゃ! 店長に聞いて|来《き》たる。何時くらいに来たんか分かるか?」
「あっ、はい! 写真が投稿された時間が多分!」
「いや、どうかな……」
ZEROのつぶやきは何時何分何秒に書き込んだものなのかが分かるようになっている。
際どい格好の女の子の人形の写真が投稿された時間を確認しようとしたら、浩介が口を挟んで来た。
「撮って直ぐに呟いたとは限らないだろ」
「せやけど、大体の時間は分かるやろ。監視カメラを早回しで確認すれば直ぐや」
「……何か企んでるんですか?」
「企む? 何のこっちゃ?」
「浩介?」
浩介はわたしを背中で隠すようにヤクザの男の前に立った。
いきなり、どうしたんだろう?
「行くぞ、蘭子」
「え?」
急に浩介がわたしの腕を引っ張った。
「ど、どうしたの!? なんで急に!? ゆうちゃんの事、確認してもらわなきゃ!」
「確認したって、ここに来た事が分かるだけだろ! それより、『うっちゃん』の家を優先した方がいい! カード大会の事を言ったのは『うっちゃん』なんだろ」
「でも、折角親切にしてくれたのに……」
「蘭子! 相手はヤクザだぞ。親切にするなんて、裏があるに決まってるだろ!」
「そ、そんな風には見えなかったけど……」
「能天気もいい加減にしろよ!」
怒鳴られて、二の句が告げなくなった。
確かに、相手は|反社会勢力《ヤクザ》だ。どんなに親切そうに見えても、彼らは悪人なのだ。
「言ってくれるのう」
心臓が止まりかけた。さっきのヤクザの男が追い掛けてきた。
「あっ……、ああ……」
浩介の言葉は正しかった。この人はとても怖い人だ。
「坊主。一つ教えといたる」
ヤクザの男は言った。
「わしらはプロや」
「プ、プロ……?」
「せやせや。悪の道のプロや」
彼は浩介を見ながら言った。
「素人が思っとるほど、この道は甘ないで」
それだけ言うと、彼はわたし達に背中を向けた。
「気ぃつけて帰りや」
「……は、はい」
「行くぞ……」
浩介に引っ張られながら、わたしは蓬莱館を後にした。
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