内田翔太くんの家に辿り着いた時には日が暮れ始めていた。辺りの家がポツポツと灯りを点け始めている。そろそろ夕飯の支度に入り始めている家もあるだろう。あまりグズグズしていると迷惑を掛けてしまう。わたしは意を決してインターホンのボタンを押した。
ピンポーンという音が鳴った後、しばらくして女性の声がスピーカーから聞こえて来た。
『はいはい、どなたかしら?』
「あの! わたし、結崎蘭子と言います。翔太くんと仲良くさせてもらっていた悠斗の姉です」
「……ああ、悠斗くんの」
どこかウンザリしたような声色になった。
『あなたも何か聞きたいの? 悪いけど、事件の事は何も分からないわ。あの時は家族全員寝入っていたし、不審者も特に見てないから……』
「翔太くんに聞きたい事があるんです。森林公園の大会でイグニッション・キャリバーが景品になっているという話を誰から聞いたのかを知りたいんです」
『……イグニ? えっと、何の話かしら……?』
「ウィザード・ブレイブの新パックの事です。悠斗はその話を翔太くんから聞いて、森林公園に向かったみたいなんです。だけど、その日、森林公園で大会は開かれていなかったみたいで……」
『よく分からないんだけど、うちの息子を疑ってるの? 翔太は七歳なのよ!?』
声に怒気が混じり始めた。
「翔太くんを疑ってるわけじゃないんです。ただ、その話を誰から聞いたのかが知りたいんです!」
『……ちょっと待っててちょうだい』
インターホンのスピーカーから女性の声が離れていく。
「……もしかして、ママも話を聞きに来たのかな?」
「だろうな。またかって反応だったし」
「ママ……」
ママも事件を調べている。朝から晩までずっと。だけど、今日はママに会わなかった。今もどこかで事件を調べている筈なんだけど、どこに居るんだろう?
そう言えば、ママとパパと最後に話をしたのはいつだろう。顔すらも見ていない。
「大丈夫か?」
「……うん」
浩介が居てくれて良かった。今のわたしは大海原を漂っている。浩介という小島が無ければ、いずれは力尽きて沈んでいく筈だった。生きていられるのは彼のおかげだ。
「ありがとう、浩介」
「別に……」
そうしてしばらく待っていると、再びインターホンから声が聞こえて来た。
『待たせてごめんなさいね。翔太に聞いたら、ポスターを見たと言っていたわ』
「ポスターですか?」
『ええ、学校で見たって言っていたわ』
「学校で!?」
『もういいかしら? そろそろ夕飯の支度をしないといけないの」
「あっ、すみません。ありがとうございます!」
インターホンがオフになった。わたしは浩介と顔を見合わせて、伊山小学校に戻る事にした。
そこに存在しない大会のポスターを貼った人間がいる。その人物が事件と無関係とは到底思えなかった。
「行こう」
「ああ」
レオンでブレイバー達と会ってから、確実にゆうちゃんの体の下へ近づけている気がする。
ゆうちゃんを取り戻したら、ずっと前に約束していた遊園地に行こう。前に行った時は身長制限のせいで乗れなかったアトラクションがあって、つい最近の身体測定でようやく乗れるようになった。
遊園地だけじゃない。前に見たアニメの影響でキャンプにも行きたいと言っていた。観たいと言っていた映画ももうすぐ上映が開始される。
「待っててね、ゆうちゃん」
「……蘭子」
ウキウキとした気分は伊山小学校に辿り着いた途端にしぼんでしまった。
校門が閉まっていたからだ。灯りも消えている。
「出直すしかないな」
「……うん」
わたしは献花台を見た。
「待っててね、ゆうちゃん」
空が闇色に染まっていく。わたし達は帰路についた。
◆
帰り着くと、家には灯りが灯っていた。
この時間、パパはまだ職場に居る筈だ。ママが帰って来ているのかもしれない。
「今日はありがとう、浩介」
「……いいさ。また、明日な」
「うん」
浩介を見送ってから家に入った。
「ただいま」
「蘭子!」
いきなり、ママは血相を変えた表情で駆け寄って来た。
「ど、どうしたの!?」
「今までどこに居たの!? どうして、黙って出て行ったりしたの!」
まるで鬼のような形相だ。
「こ、浩介と一緒にいたの。ゆうちゃんの体を探そうと思って……」
「馬鹿!」
頬を叩かれた。突然の事にわたしは目を白黒させた。
「マ、ママ……?」
「殺人鬼はまだ捕まっていないのよ!? それなのに子供だけで出歩くなんて!」
「で、でも、浩介も一緒だったし……」
「浩介くんだって、まだ子供でしょ! 勝手な事をしないで! アンタは大人しく家に居なさい!」
「でも!」
「でもじゃないの!」
ママは涙を流しながら怒鳴り続けた。
「ママに全部任せておけばいいの! 蘭子まであんな事になったら……、ママ、どうしたらいいのよ!? まだ七歳だったのに! 私の子なのに! なんで、あんな目に合わされなきゃいけないのよ!」
そう叫ぶと、ママはわたしを抱き締めた。
「イヤよ……。蘭子まで居なくなっちゃったら、ママ、耐えられないよ……」
「ママ……」
ママはしばらくするとわたしを離した。
「……ごはんを食べましょう。今日は蘭子が好きなミネストローネを作ったから」
「うん」
リビングへ向かうと、そこには4人分の食器が並んでいた。
わたしが椅子に座ると、ママはキッチンから大鍋を運んで来て、テーブルの真ん中に置いてある鍋敷きの上に置いた。4つの皿にミネストローネを注ぐと、丁度キッチンの方からオーブンのチーンという音が聞こえた。どうやら、ガーリックトーストを温めていたみたいだ。
二人だけだけど、テーブルを囲んで夕飯を食べるのは久し振りの事だった。
「……さっきは怒鳴ったりしてごめんね、蘭子」
「ううん。わたしこそ、勝手に出歩いてごめんね、ママ」
「もう少しの間だけ、辛抱してね。あと少しだから……」
「何か分かったの!?」
わたしが聞くと、ママは微笑んだ。
「何もかも上手くいくわ。だから、蘭子は何も心配しなくていいの」
「……うん」
頷きながら、罪悪感で胸が痛んだ。
わたしは親不孝者だ。また、ママを泣かせる事になる。だけど、ジッとなどしていられない。
明日、また伊山小学校に行く。そこで必ず手掛かりを見つけてみせる。ゆうちゃんの体を見つける為に。
「さあ、そろそろお風呂に入っちゃいなさい。ママはまた少し出掛けて来るから」
「うん」
そして、わたしはお風呂に入った。その間にママは家を出て行った。
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