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執筆者の写真雪女 雪代

第八話『進展』

捜査範囲の拡大と共に本庁から多数の捜査員が増員された。そして、同時に多数の警察犬によるローラー作戦がスタートした。

 伊山小学校を中心に街を虱潰しに捜索していく予定になっていたが、スタートと同時にシェパードの大五郎号が現場の前の家の壁に向かって走り始めた。


「大五郎!?」


 パートナーの向井巡査長は慌てて大五郎号を追い掛けた。すると、大五郎号は塀に向かって吠えながら何度もジャンプを繰り返した。そして、その様子を見ていた警察犬の内の数匹が大五郎号に追随するように塀に向かい、同じように吠えながらジャンプを繰り返し始めた。

 その様子を見ていた立花警部はハッとした様子で塀の上を見た。


「……おいおい、まさか!」


 大五郎号達が吠え続けている塀に駆け寄ると、彼はおもむろに塀をよじ登り始めた。


「け、警部!?」

「これだ。犯人が使った経路はこれだ!」

「へ、塀の上ですか!?」


 佐伯も慌てて塀をよじ登った。塀には適度な窪みがあり、そこそこの運動神経があれば、問題なく登れる作りになっていた。けれど、登った途端に佐伯は立花警部の考えが誤りではないかと思った。


「こ、ここを逃走経路に使うのは無理がありませんか? 細過ぎますよ」


 塀の幅は佐伯の片足分しかなかった。相当にバランス感覚が良くなくては立っている事すらままならない。まして、歩いて渡って行く事など到底不可能に思える。腰を屈めてゆっくりと進むのでも厳しそうだし、ノロノロしていたら誰かに見つかってしまう。そんなリスクを犯してまで、ここを渡る必要は無い筈だ。


「……いや、間違いない。しかし、これは……」


 立花警部は塀から飛び降りると、深く息を吐いた。


「向井巡査長。大五郎号を抱えながら塀を渡る事は出来るか?」

「……無理です。大五郎がパニックを起こしますよ」

「そうか……。佐伯、スマホのカメラでそこの折れた枝の写真を撮っておいてくれ」

「は、はい」


 立花警部は周辺の地図を取り出した。


「犯人は塀を渡り歩く事で頭部をここまで運んだ。となると……」


 立花警部は佐伯が写真を撮影している家がある区画を赤いマジックで囲んだ。


「総員! この区画を相棒と共にくまなく調査してくれ。塀を渡ったという事は、どこかで塀に登ったという事だからな」

「かしこまりました!}


 立花警部は捜査の進展を実感して鼻を膨らませた。

 塀を昇り降りした箇所を探し続けて行けば、いずれはゴールに辿り着く。


「……どうして、初動捜査で分からなかったのでしょうか」

「ん?」


 塀から降りて来た佐伯が呟いた。


「だって、初動捜査でも警察犬による捜索が行われています。いくら大五郎が優秀とは言っても、これだけの時間が経過していながら反応出来るという事は、それだけ強い臭気が染み込んでいたという事ではありませんか? だとしたら、初動捜査の段階で分かる筈です」

「それは……」


 捜査の進展に浮かれてしまい、致命的な見落としをしていた。

 

「……大五郎号を始め、警察犬には遺族の方からお預かりしている結崎悠斗くんの遺留品の匂いを追わせている。その匂いが初動捜査では分からず、今になって分かった……」

「おかしいですよね、明らかに」

「おかしくはない。さっきも大五郎号以外の警察犬は反応する事が出来ていなかった」

「いや、ですから! 初動捜査の時は今よりもくっきりと匂いが残っていた筈です! 今は反応出来なくても、当時の状況なら他の犬達でも反応出来た筈です!」

「出来なかったのだろう。事実、初動捜査で警察犬は何も痕跡を発見出来ていない」

「で、ですが!」

「だから、考えるべきは『何故、大五郎号は反応する事が出来たのか?』だ」

「それは……っ」


 佐伯は目を見開いた。


「まさか……」

「気付いたようだな。そうだ。恐らく、犯人は事件当時以外にも、ここに来ている。このルートを使ってな」

「まさか! ここには常に警察が張り込んでいたんですよ!? 犯人が来てたら分かる筈です!」

「見逃したのだろうな」

「あり得ません! いくらなんでも、こんな所を歩いていたら、どれだけ鈍くても気付きますよ!」

「だが、気付けなかった。何故だと思う?」

「何故って……」


 佐伯は塀を見た。あの上に立花警部が乗った時、異様さを感じた。

 あの光景に気付かない事などあり得ない。けれど、それがあり得たとしたら、その理由は何か? 


「……分かりません。犬猫ならともかく、人間が立っていたら間違いなく目立ちますよ」

「そうか? 君はほぼ正解にも等しい答えに辿り着いているぞ」

「え?」


 佐伯は困惑した。そして、立花警部が撮影させた塀の傍の折れた枝の光景が脳裏を過ぎった。

 折れていたのは佐伯の腰よりも下にある枝だった。

 それ自体に違和感はない。その部分が腐っていた可能性があるし、風で折れた可能性もある。鳥や虫のせいかもしれないし、それこそ犬猫が折った可能性もある。人間が通ったとしても、その枝だけが偶然折れるという事もあるだろう。

 それ一つだけでは答えになど結びつかない。けれど、ここが『犯人が使用した経路である』という点と『常駐している警察官が気付けなかった』という点を合わせると、薄っすらと像を紡ぎ始めたように感じる。


「……ちょっと待って下さい。犯人は悠斗くんの首を切断しているんですよ!? これだけの残虐非道な行為は異常性を備えた大人による犯行である筈です!」

「だが、それは我々の勝手な思い込みだ」


 立花警部の言葉に佐伯は青褪めた。

 生まれついての悪などいない。悪とは環境が育むものだ。生まれたばかりの赤ん坊はすべからく無垢である。そうした人間の善性に対する信奉心が揺らぎそうになる。

 

「……犯人は子供という事ですか?」

「あくまでも可能性だ。だが、これまで我々が完全に見落としていた可能性でもある」


 そう言うと、彼は伊山小学校の校門前に立ち、不安そうな表情を浮かべている春沢巡査に視線を向けた。


「まずは現場を見張っていた彼らに話を聞いてみよう」


 現場は交代制で24時間見張りを置いている。彼らは必ず目撃している筈だ。

 無邪気を装い、現場に戻って来た犯人の顔を。

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