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執筆者の写真雪女 雪代

第二十話『ゲーム・メーカー』

まさか、刑務所にとんぼ返りする事になるとは思わなかった。一応、宇喜多から聴取した内容はすべて立花警部に伝えてあるが、彼は他にも問いたい事がある様子だ。

 刑務所に辿り着くと、立花警部は早足で受付に向かって行った、後を追いかけて中に入ると、すぐに案内係が現れた。さっきとは対応が大違いだ。今回は特別捜査本部の田所管理官のお墨付きだから当然と言えば当然なのだが、少々面白くない。


「どうした? 早く行くぞ」

「は、はい」


 不満を表情に出さないように気を付けながら面会室へ向かうと、そこでは宇喜多が待っていた。


「よう、佐伯! さっきは連れねぇ態度を取った癖にどういう風の吹き回しだ?」

「……お前と話すのはこちらの方だ」

「立花だ。20年前の『河川敷集団リンチ事件』について聞きたい」

「あん? まーた、人を殺す理由を聞きたいってのか? さっきも言ったが、俺は別に殺す気なんて無かったんだ。ただよぉ、愛が行き過ぎちまったっつーか」

「そこだ」

「あ?」


 宇喜多は目を丸くした。

 不本意ながら、部屋を横切るガラス壁には同じ表情を浮かべている佐伯がいる。


「そこまでエスカレートした経緯が知りたい。調書も見たが、お前と麻斗少年の関係は一年近くも続いている。お前の官能小説染みた供述書が事実ならば、事件の半年前からお前達の関係は完全に固まっていたそうじゃないか」


 その言葉に佐伯は困惑した。


「い、一年!?」

「……佐伯。調書はしっかりと読み込め。まあ、読む気が失せる気持ちも分からないではないが……」


 そう言えば、調べるべき事件が多過ぎて、それぞれの事件の供述書にまでは目を通していなかった。

 そもそも、本命はあくまでも羽村真理恵だったからだ。宇喜多に会おうと思ったのは羽村を理解する為の材料になる事を期待したからだった。だから、彼自身の供述書は読み飛ばしてしまった。


「彼が最初に麻斗少年と関係を持ったのは2004年の8月6日の事だ。それから彼はほぼ毎日のように場所を問わず、行為を強要し続けた。授業中にも堂々と」

「は? 授業中に?」

「おうよ! 俺と麻斗の愛を見せつけてやったのさ。最高だったぜぇ? 俺達に歯向かう事を麻斗に頼んだ張本人共が麻斗を見て嗤うんだ。それを見て、アイツは絶望していた! その顔が堪らなくてよぉ」


 悍ましいにも程がある。宇喜多だけではない。あらゆる人間が彼を地獄の底へ突き落としたわけだ。

 

「その時の担任の名前は覚えているか?」

「もちろんだ! 小田桐は最高の教師だったぜ」

「え?」


 てっきり、白鳥の名前が出てくるものとばかり考えていた。

 だが、よく考えてみると、その当時はまだ白鳥も18歳前後だ。どう足掻いても高校教師にはなれない。


「どう最高だったんだ?」

「やりたい放題させてくれたからさ」


 宇喜多は下品な笑みを浮かべた。


「麻斗が助けを求めた時、アイツがなんて言ったか想像出来るか?」

「さて、なんと言ったのかな?」

「『痴話喧嘩かい?』だとよ! あれには笑ったぜ!」

「小田桐はあまり熱心な教師では無かったようだな」

「いや? 熱心だったぜぇ」


 宇喜多は笑いながら言った。


「アイツも愛に生きる男だったからな!」

「……生徒に手を出していたのか?」

「男女問わずの博愛精神の持ち主だったぜ。身長にはこだわりがあったみたいだが。まあ、俺が捕まった後、さすがにバレたみたいで教師をクビになってたけどな」

「……クビになった後の事は知っているか?」

「知らねぇよ。まあ、重度の小児性愛者だったからな。今もどっかで教師を続けてるんじゃねぇの?」

「なるほどな」


 立花警部は小田桐の名前を手帳に書き留めた。


「話を戻そう。お前と麻斗少年の関係は半年で大分様変わりしたようだな」

「ああ……」


 宇喜多は暗い表情を浮かべた。


「反抗を一切しなくなったと書いてあった。そして、お前はそんな彼に怒りを思い出させる為に過度な暴行を加え始めたと。そして、それは事件当日までの半年に渡って続けられたと。合っているか?」

「おうよ」

「途中で諦める気にはならなかったのか? 半年もの間、ずっと?」

「……諦めそうになった事はあるさ。けどよ、仲間が励ましてくれたんだ」

「仲間というのは事件当日にお前と共に麻斗少年に暴行を加えていたメンバーの事か?」

「いいや? あいつらはペットだった。仲間は俺をいつだって励ましてくれたぜ。麻斗をどうやったら元に戻せるのか、真剣に考えてくれたんだ」


 まるで輝かしき日々を追想するように、宇喜多はウットリとした口調で語った。


「その仲間はどういう人物だったんだ?」

「おもしろい奴さ! ワクワクするようなゲームをいくつも考えてくれてよぉ」


 ゲーム。その言葉に佐伯はハッとした表情を浮かべた。


「その仲間は同級生だったのか?」

「違うぜ。学年は聞いてなかったけど、多分、中学生だったんじゃねぇかな。とにかくおもしれぇ奴だったから、仲間に入れてたんだ」

「中学生……」


 佐伯は立花警部と顔を見合わせた。『岩瀬一家殺害事件』とは繋がらなかったが、18年前の『ホームレス連続生き埋め事件』とは繋がりが見え始めて来た。


「あん? なんだよ、佐伯。お前も中学生が好きなのか?」


 くだらない事を言っている宇喜多から更にいくつかの話を聞き出した後、佐伯と立花警部は刑務所を後にした。

 次は『ホームレス連続生き埋め事件』だ。

 あまりにも不可解な点の多い怪奇事件。『生き埋めゲーム』という人を人とも思わぬ鬼畜の所業を当時中学生だった少年少女達が繰り広げた。

 少年少女達が通っていた蛹内第三中学校は宇喜多が通っていた|葉羽《はばね》高校の近くにあったらしい。だが、今は廃校になって久しく、その跡地は公園になっている。

 

「『生き埋めゲーム』の立案者は不明。けれど、、犯行に関わった生徒達は全員が蛹内第三中学校の2年C組だった事を踏まえると、そのクラスに主犯が居た筈ですよね?」

「当時の捜査員達もそう考えた。だが、噂の出所はついぞ見つけられなかったらしい」


 そう言いながら、立花警部は手帳を開いた。そこには宇喜多から得られた情報が羅列されている。


「兎にも角にもだ。宇喜多のグループに麻斗少年に対するリンチ行為を含めた残虐なゲームを立案していたという『ゲーム・メーカー』の事を調べてみよう」


 ゲーム・メーカー。それは宇喜多達がゲームの立案者に付けた二つ名だ。

 年齢的にも、『生き埋めゲーム』を立案した存在と同一人物である可能性が高い。


「……宇喜多が名前を覚えていてくれたら良かったんですけどね」

「20年前だからな……」


 生憎、宇喜多はゲーム・メーカーの本名を覚えていなかった。

 仲間と言っていたが、麻斗少年に対するもの程の執着心は抱いていなかったようだ。


「卒業アルバムなどを入手出来ればいいのだがな……」


 そう呟く立花警部と共に佐伯は『ホームレス連続生き埋め事件』に関与した元蛹内第三中学校の2年C組の生徒達に聞き込みを行うべく、蛹内市内へ向かった。

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