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執筆者の写真雪女 雪代

第二十五話『亜里沙と紗耶』

亜里沙と紗耶とは幼稚園の頃からの付き合いだ。学校では常に三人で行動していた。だけど、事件の日からはずっと家で引き籠もっていたから、なんだか二人の背中が懐かしい。


「蘭子に何する気よ!?」

「け、警察に通報するわよ!」


 二人は何か勘違いをしているようだ。

 それに、凄く気が立っている。


「ふ、二人共、落ち着いて! その人達は……」

「ああ、もう! 不破は何をしてるのよ!」

「一歩でも近づいたらぶん殴るわよ!」


 かなり気が立っているみたいだ。紗耶に至っては大根を振り被っている。


「な、何故に大根!? っていうか、その人達、警察だよ!」

「警察がなんぼのもんじゃー!」

「婦女暴行の現行犯で逮捕してやる!」

「だから、その人達が警官なんだって!」


 わたしは二人を抱き締めた。放って置くと、本当に殴り掛かりそうだった。

 彼女達は時々、すごく過激になる。


「っていうか、どうして二人がここに?」

「どうしてって、あんたが道端で大泣きしてたからじゃないの!」

「わたし達が家まで送り届けてあげたんじゃない! 忘れちゃったの!?」

「え? 浩介じゃなかったの……?」


 浩介の名前を口にした瞬間、亜里沙と紗耶は不愉快そうに表情を歪めた。


「ど、どうしたの?」

「不破の奴、逃げたのよ」


 紗耶は大根を握り潰しながら言った。相変わらずの握力だ。彼女はボクシング部に所属していて、全身を鍛え抜いている。部の主将曰く、彼女は才能の塊らしい。本人はダイエット目的で入部したのだけど、またたく間に部のエースになってしまった。


「……浩介、迷惑掛け過ぎちゃったもんね」


 無惨な状態になった大根から視線を逸らしながら、わたしはちょっぴりショックを受けていた。

 不破は浩介の名字だ。浩介は道端で泣き出したわたしに愛想を尽かしたのだろう。それまでにも散々彼を振り回してしまったから、見捨てられたのは自業自得だけど、やっぱり悲しい。


「なーに言ってんのよ! そもそも、アイツが買って出たのよ!? 『俺が傍にいる。今は他の誰にも会いたくないみたいだし、俺に任せてくれ』って! そんな事をのたまっておいて、アイツ!」


 亜里沙は青筋を立てながら怒声を張り上げた。わたしは飛び上がりそうになった。

 普段は大人びていて、こんな風に彼女が感情的になる事は滅多にない。

 

「いや……、道端で号泣したわたしが悪いんだよ。ドン引きされて当然っていうか……」

「それを受け止められないなら最初からしゃしゃり出るなってのよ!」


 紗耶は大根を地面に叩きつけた。置いてけぼりになっている警察官達の方から「大根かわいそ……」という声が聞こえて来た。どうやら、天音さんの発言だったらしく、瀬尾さんが睨んで黙らせた。


「蘭子が一人になりたいって言うから、ずっと我慢してたけどさ。こんな事なら、もっと早く来れば良かったわ……」


 亜里沙の言葉に首を傾げた。


「え? 別に一人になりたいなんて言ってないよ? むしろ、浩介以外誰も来てくれないなぁ……って、ちょっと寂しかったくらいなんだけど……」

「はぁ!?」

「アイツ、次に会ったらぶん殴ってやる!」


 どうやら、浩介が言い出した事らしい。

 

「……でも、突き放しつつ、離れないでムーブしちゃったから、それが原因かも」

「ああ……、それで勘違いしちゃった感じかぁ」

「アンタ……、中学校の時にそれでやらかしてんだから懲りなさいよ……」

「いや、わざとじゃなくて……」

「……よく考えると、不破が一番の被害者だったわね」

「今回ばかりは許してやりましょう」


 さっきまで怒りに燃えていた二人が途端に浩介へ同情を寄せ始めた。


「中学の時のアレはちょっと距離感間違えただけって言うか……、浩介の場合とはまたちょっと違うし……」

「まあ、不破に対してはわざとだもんね」

「だから、譲ったわけだしね」


 わたしは視線を逸らした。そして、警察の人達が凄く気まずそうにしている事に気がついた。


「あっ、すみません! えっと……、あれ? 何の話をしてたんでしたっけ……」


 亜里沙と紗耶の登場ですっかり彼らとのやり取りが頭から吹き飛んでしまった。


「いや、我々の用件は以上だよ。ただ、声を掛けるタイミングがね……」


 瀬尾さんは苦笑しながら言った。


「ほんとにごめんなさい!」


 ◆


 瀬尾さん達を見送った後、わたしは亜里沙と紗耶をゆうちゃんの部屋に招き入れた。二人がお線香を上げたいと言ったからだ。線香の香りが漂う中で、わたし達は両手を合わせて瞼を閉じた。

 一度泣いたからか、今は以前よりも冷静に受け止める事が出来ている。


「……昨日、知り合いがアンタと不破を街で見掛けたって言ってたんだけど、何してたの?」


 しばらくして、亜里沙が口を開いた。


「ゆうちゃんの体を探してたの」


 わたしは一昨日と昨日でわたしと浩介がして来た事を二人に語った。

 

「……そっか」


 紗耶は沈痛な面持ちで聞いてくれた。けれど、亜里沙はなんだか魚の骨が喉に引っ掛かったような表情を浮かべている。


「ど、どうしたの?」

「……いや、その……」


 彼女にしては歯切れが悪い。わたしと紗耶が顔を見合わせながら首を傾げると、彼女は渋い表情を浮かべながら言った。


「蘭子。そのヤクザに連絡先を教えたの、わたしなんだわ」

「……え? ええ!?」


 蓬莱館で出会ったヤクザ。彼から電話が来た時、心底肝を冷やしたものだ。なにしろ、わたしは彼に連絡先など伝えていなかったからだ。彼が教えてくれた情報があまりにも衝撃的過ぎて、頭の隅に追いやられていたけれど、ヤクザに連絡先を知られている事はかなり恐ろしい事だった。その下手人が見つかった。


「な、なんで!?」

「ア、アンタ、何してんの!?」

「いや、その……」


 亜里沙は何度か躊躇った後に渋々といった様子で言った。


「わたしの叔父なんだよ、あのヤクザ。身内の恥だから公言するなって言われてるんだけど……」

「そうだったの!?」

「だから、なんか親切だったんだ……」


 どうやら、向こうは一方的にわたしの事を知っていたようだ。得体が知れない感じがして怖かったけれど、理由が分かって少しホッとした。


「悪い人じゃな、……くはないんだけど、わたしの友達には手を出したりしないから、とりあえず安心して欲しいんだけど……、無理?」

「いや、亜里沙がそう言うなら信じるよ。なんか、いろいろ納得がいったし」

「そ、そう?」


 亜里沙はホッとした様子だ。


「……でも、だとすると信憑性がグッと高まったね」


 わたしはパパにメールを送る事にした。


「ごめん。わたし、行く所があるの」

「双六堂でしょ?」

「さっさと行くわよ。ゆうちゃんが待ってるわ」

「……うん!」


 パパに亜里沙と紗耶と外出する事をメールで伝えて、わたしは家を出た。

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