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執筆者の写真雪女 雪代

第二十九話『ヤクザと警察』

わたしは混乱した。ヤクザと警察官が一緒にいる。あまりにもスキャンダラスな光景だ。


「え? え? 闇の関係!?」

「癒着!? 警察組織の腐敗!?」

「違う違う違う!」


 瀬尾さんは慌てた様子で『違う』を連呼した。


「私は捜査の途中だったんだ。この男から聞き込みをして……」

「え? 瀬尾おじさん、次郎とマブダチでしょ?」


 次郎というのはヤクザの名前らしい。折角言い訳をしようとしていた瀬尾さんは凍りついた。やはり、相当に親密な関係なのだろう。


「諦めぇや、|真司《しんじ》。大丈夫! 警察を|解雇《クビ》んなったら、わしの所に来ればええやないか」

「この年で再就職など冗談じゃないぞ! 退職金が減るだろ!」

「……相変わらず、ガメついやっちゃなぁ」


 なんだか、瀬尾さんの雰囲気が前に会った時と大分違う気がする。


「瀬尾おじさん、退職金気にするんだ……」

「金の亡者だ!」

「やっぱり、ヤクザと闇取引を!?」

「い、いや、老後の事を考えると退職金はどうしても必要で……」

「かっこわるーい」

「なさけなーい」

「がっかりー」

「いや、最近は年金を貰える年齢が引き上げられていてね。妻が色々とやりくりはしてくれているんだが、孫が今度結婚する事になって、いろいろと入り用になるしなぁ」

「……真司、そろそろやめてくれんか? 居た堪れなくなって来たんやけど……」

「お前だって他人事ではないぞ! ヤクザなんて続けて、老後はどうする気だ!? どうせ年金保険料の支払いなどしていないのだろう!」

「そ、その話はまた今度でええやろ……? ほれ、嬢ちゃん達を待たせとんで」

「そうやって、お前はいつもいつも! 学生の頃からちっとも変わらん!」


 どうやら、二人は学生時代からの友達同士らしい。わたし達の事をすっかり忘れて、二人だけの世界に入ってしまった。

 わたし達はおじさん二人のイチャイチャタイムが終わるのをジッと待った。


「……ゴホン。す、すまなかった」


 瀬尾さんが正気に戻るまで、たっぷり十分以上掛かった。その間、わたしはZEROで|シャラク《ゆうちゃん》の書き込みを適当に眺めていて、紗耶はシャドーボクシングに勤しみ、亜里沙は電子書籍の漫画を読み耽っていた。


「あっ、終わった?」

「長いよぉ!」

「ヤクザとインテリ刑事のBL漫画があったよ!」

「亜里沙。おいちゃんが悪かったから、その漫画は今直ぐにアプリから削除するんや。後生やから!」


 亜里沙が読み耽っていたのはBL漫画だったらしい。何処となく、次郎さんと瀬尾さんに似ている。


「どれどれ」

「ほうほう、瀬尾さんが攻めなんだね」

「次郎ってば、言葉責めに弱いのね!」

「やめや! 待たせた事はほんますまんかった! だから、それ以上は堪忍や!」


 次郎さんは涙目だけど、瀬尾さんは平然としている。もしや、満更でもない!?


「……やめよう。とんでもない闇の扉が開いてしまう気がする」

「え? どういう事?」

「次郎が瀬尾おじさんに捕まったら、とんでもない事されそう……」

「漫画の話やろ!」

「……さっきから、一体何の話をしているんだ?」


 どうやら、瀬尾さんはBL漫画を知らなかったようだ。キョトンとしている。ちょっと可愛い。


「こっちの話! とりあえず、次郎と瀬尾さんが密会してた件は置いといて……」

「いや、待ってくれ! 本当に違うんだ。白鳥彩音と結崎友枝さんの両名の所在を調べる為に聞き込みをしていただけなんだ!」


 その言葉を聞いて、わたしは妙な違和感を感じた。


「……あの」

「な、なんだい?」

「どうして、ママはさん付けなのに、白鳥先生は呼び捨てなの?」


 わたしが指摘すると、瀬尾さんはギクッとした様子を見せた。

 思えば、わたしの家に来た時も天音さんが白鳥先生に対して妙な言い回しをしていた。


「もしかして、不倫!?」

「刑事と教師の秘密の関係!?」

「ち、違う! 私は妻一筋だ!」


 亜里沙と紗耶はおじさん弄りというイケナイ趣味に目覚めてしまったようだ。

 次郎さんと瀬尾さんの反応が良過ぎるせいだ。おまけにハンサムだから、わたしもついつい追撃を入れたくなってしまう。困ったものだ。


「……ほんま、お前は肝心な時にいっつもやらかすのう。どないすんねん?」

「き、君達は何か聞きたい事があったのではないのか?」

「おお、強引に話を戻しおった!」


 このままだと話が全く進まない。

 亜里沙と紗耶はもっともっと弄り倒したくてウズウズしているけれど、ここは押さえてもらおう。

 

「瀬尾さん、ゆうちゃんの事件の事が聞きたいんです」

「……だろうな。ただ、すべてを話す事が出来るとは約束出来ないぞ。君が被害者遺族であってもだ」

「話せる範囲で構いません」

「分かった。それで、何を聞きたいんだ?」


 弄るのに時間をかなり使ってしまったから、わたしは勿体振らず、単刀直入に聞く事にした。


「ゆうちゃんの事件の捜査はどこまで進んでいるんですか?」

「……容疑者は絞られて来ている」

「それって、双六堂の人ですか?」


 わたしが聞くと、瀬尾さんは目を見開いた。この人はポーカー・フェイスとは無縁らしい。とても分かりやすい反応だ。どうやら、思った通り、容疑者は双六堂の人達だったらしい。


「ど、どうして……」

「次郎さんに教えてもらったからです」

「次郎に!?」


 瀬尾さんは目を剥きながら次郎さんを見た。


「お前が思っとるんとちゃうで」


 次郎さんは大きく息を吐きながら言った。


「……嬢ちゃん。知りたい事があるんやったら、面倒臭がったらアカンで。きっちり、この堅物に嬢ちゃんがして来た事と知った事を説明してやらな」

「は、はい!」


 次郎さんの言う通りだ。わたしは瀬尾さんを困惑させたいわけじゃない。

 わたしは浩介と一緒にゆうちゃんの体を探しに出掛けた所から話をした。


「初めにいーちゃん……、飯野博之くんの家に向かったの。そこで博之くんのお母さんから、あの日のゆうちゃんの行動について詳しく教えてもらいました。それで、浩介がゆうちゃんと博之くんの会話の内容から、ウィザード・ブレイブの新パックを求めて、双六堂に向かったのではないかと思いついたの」


 思えば、浩介の推理は見事に的中していたわけだ。


「ああ、我々も話を聞いて、その可能性に気が付いた」


 だったら、どうして逮捕していないのか不思議に思いながら、わたしは話を進めた。


「双六堂では店主の手塚さんの娘である葵さんと話をしたの。後で、彼女が語った事は真っ赤な嘘だと分かったのだけど、その時のわたし達はすっかり信じ込んでしまいました」


 ―――― まだ、犯人は捕まっていないの。悠斗くんを狙った犯人が、次はあなた達を狙う可能性もある。だから、私としては警察にすべてを任せて、家で待っていて欲しいわ。


 まるで、わたしを心配しているかのように彼女は言った。とても優しい人だと思った。だからこそ、彼女の言葉を疑う気にはこれっぽっちもなれなかった。

 

「そう言えば、警察の人に監視カメラを見せたとも言っていたんだけど、そこにゆうちゃんは映ってなかったんですか?」


 そんな話をしていた事を思い出して問い掛けると、瀬尾さんは頷いた。


「映っていなかった。だが、解析を進めた結果、どうやら改竄されたものである事が判明した」

「か、改竄!?」

「ああ、正確に言えば、別の日の映像を証拠品として提出されていたんだ。ただ、今回の事件では街中の監視カメラの映像を解析しなければならなかった。だから、その事に気付く事が遅れてしまった……」


 不甲斐ないと彼は俯いた。どうやら、双六堂の監視カメラの映像は他の証拠品の山に埋もれてしまっていたようだ。つまり、警察はあまり双六堂を重要視していなかった事になる。


「……なら、どうして気付けたんですか?」

「すまないが守秘義務に抵触する。捜査員が双六堂を重要視するに足る情報を掴んだとしか言えない」

「そうですか……」


 その情報というものがとても気になるけれど、守秘義務に泣き落としは通用しない事をママ達と警察のやり取りの中で思い知っている。ママがどんなに懇願しても、警察は守秘義務のある情報を教えてくれる事はなかった。だから、諦めて話を次に進める事にした。


「……双六堂を出た後、わたしと浩介はいくつかのカードショップを巡りました。最初は『カードショップ・アース』。そのお店では特に情報を得られなかったけど、店長さんがレオンを紹介してくれたの」

「レオンって、中古品販売の?」


 わたしはゲームショップだと思っていたし、アースの店長さんはレンタルビデオショップだと言っていたけれど、亜里沙にとっては中古品販売のお店らしい。人によって、印象が全く違う。改めて、不思議な店だ。そして、その不思議な店には不思議な人達がいた。


「うん。そこでブレイバー達と会ったの」

「ブ、ブレイバー?」

「なんやそれ?」


 みんな困惑している。わたしはブレイバー達の事を説明した。


「お、大人がやってるの? カードゲームを?」

「あれって、子供向けアニメのでしょ?」


 亜里沙と紗耶はわたしが最初に抱いていた印象通りの感想を口にした。

 だけど、ブレイバー達はとても良い人達だった。誤解は解いておくべきだろう。


「浩介も言ってたんだけど、大人の人でもゲームを楽しんでる人がいるんだよ。ブレイバー達、すっごく良い人達で、ゆうちゃんのSNSのアカウントを見つけ出してくれたの!」

「……SNSのアカウントを?」

「はい! レオンの店員さんにゆうちゃんが来てないか聞いてる間に!」

「ちなみにレオンの店員と話していたのはどのくらいの時間だい?」

「え? えっと、五分くらいかな……?」

「五分……? 彼らは悠斗少年の知人だったのかい?」

「いいえ、知らないと言ってました」

「知人でもない人間のSNSのアカウントを五分足らずで見つけたと……」

「えっと……、あれ?」


 改めて言葉にされてみると、少し早過ぎる気がしてきた。


「ちなみに、それは間違いなく悠斗少年のアカウントだったのかい?」

「は、はい。わたしと浩介の事が書き込んであったし……」


 わたしはブレイバー達がゆうちゃんのアカウントを発見する切っ掛けになったつぶやきを瀬尾さんに見せた。


 ―――― 『こーちゃんに蘭子が自分の事をどう思ってるか聞いてくれって言われた。ウケる』


「えっと、たしか、外部ツールを使ったと言ってました。年齢とか所在地とか、ウィザード・ブレイブのワードで検索を掛けて、2月26日前後で更新が止まっているアカウントの中から調べ上げたって」

「そうか……、随分と手際が良いな。そのブレイバー達は」

「は、はい……」


 なんだか、変な感じだ。なにか、大きな見落としをしているような気がする。


「ちょっと、蘭子。大丈夫?」


 紗耶が心配して声を掛けてくれた。

 その言葉がわたしの見落としの答えを教えてくれた。

 

「……あ、あれ?」


 わたしはあの時の記憶を必死に遡った。そして、気付いてしまった。


「わたし……、名前を言ってない」

「え?」


 あの時、わたしはブレイバー達に結崎悠人の姉としか言っていなかった。

 結崎蘭子のフルネームは名乗っていない。


「……なんで、知ってたの?」


 青褪めた。嘘吐きは双六堂の店員だけではなかった。

 

「ちょ、ちょっと、蘭子!?」

「で、でも、容疑者は双六堂の人って……」


 わたしはそれ以上考えたくなかった。

 すごく、嫌な考えが脳裏を|過《よぎ》ったからだ。

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