top of page
執筆者の写真雪女 雪代

最終話『探偵が生まれる理由』

「……蘭子」


 浩介が出て来た。わたしはニッコリと天使のスマイルを浮かべて、クルリと一回転して見せる。

 ふわりと広がるロングスカートに彼の視線は釘付けだ。


「どう? 可愛いでしょ」

「……あ、ああ、凄く、可愛い」


 100点満点の感想だ。御褒美に撫でてあげたくなる。

 そう言えば、昔はよく彼の頭を撫でていた。小学校の低学年くらいの頃まではわたしの方が背が高かったからだ。彼の頭の位置は撫でるのに丁度良かった。

 彼をこーちゃんと呼んでいたのも、その頃だ。ゆうちゃんが生まれるまでは彼を弟のように思っていた。同い年なのに、背が低くて、素直なこーちゃんの事がわたしには可愛くて仕方がなかった。

 いつの間にか背丈を追い越されて、声もすっかり低くなって、彼は男らしくなった。だから、もう弟扱いは出来ない。わたしは彼にそれ以上の関係を求めているからだ。


「デートって、どこに行くんだ?」

「アース!」

「アース……?」


 浩介はピンと来なかったようだ。つい先日、お世話になったばかりなのに。


「ほらほら! レッツゴー!」

「あ、ああ……」


 困惑する彼の手を掴んで引っ張ると、彼は素直について来た。

 辿り着いた先にあるのは『カードショップ・アース』がある雑居ビル。相変わらず、エレベーターは黄ばんでいる。


「なんで、ここに……?」

「デートだから」

「……だから、どうして?」

「だって、好きなんでしょ? ウィザード・ブレイブが」


 彼は表情を強張らせた。


「あんまり詳しくないけど、わたしもウィザード・ブレイブを遊んでみたいの。浩介と一緒に」

「……ああ」


 浩介は小さく頷きながらわたしの後に続いて店内に入った。


「いらっしゃい! ああ、君達か!」

「こんにちは! 今日はちゃんと客として来ました!」

「おお、そうか! 今朝のニュースを見たよ。良くはないが、なんというか……、いや! それよりも、遊びに来たんだよな。ウィザード・ブレイブか? 君、デッキは持ってるのかい?」


 相変わらず、店主さんは良い人だ。


「ううん。だから、今日はデッキも買いたいんです」

「そうか! そっちの君はどうする? 自前のデッキを持って来てるのかい?」

「……いや、その……、持って来てません」

「そうか! じゃあ、スタートデッキ二つでいいかい? それか、欲しいテーマのデッキはあるかい?」

「はい! シャラクのデッキが欲しいです!」

「シャラクか! 了解だ。だったら、テーマデッキの『|東遊戦記《とうゆうせんき》』だな」

「それがシャラクのデッキなんですか?」

「おう! シャラクはそのテーマのコマンダーだ」

「コマンダー?」

「ウィザード・ブレイブはコマンダーを最初にセットする。コマンダーはプレイヤーの化身でな。コマンダーが撃破されたら、プレイヤーの敗北になるんだ」

「そうなんだ!」


 アニメはゆうちゃんと一緒に見ていたんだけど、ルールは曖昧だ。詳しい事は浩介に教えてもらおう。


「浩介はどのテーマにする? 誘いの魔法少女・ミリアルのデッキ?」

「い、いや……、うん。それにする」

「だったら、こっちのスタートデッキだな」

「スタートデッキとテーマデッキって、違うんですか?」

「いや、大して違わないぞ。スタートデッキはアニメの主人公やヒロインのデッキが採用されてるから、初心者でも分かり易いってだけだ」

「じゃあ、テーマデッキは玄人向け?」

「玄人向けもあるな。ただ、東遊戦記は初心者でも安心のお手軽デッキだ。エースカードの『|五九《ゴクー》』がシンプルに強いしな。サポートカードの『七色のリング』を使えば、環境でも通用する程だ」

「へー」


 よく分からないけど、なんだか凄そうだ。わたしは早速二つのデッキを買った。


「お、俺が出すよ!」

「いいの! 今日はわたしが誘ったんだもん」

「おーおー、いいねぇ! 青春だなぁ! 羨ましいなぁ! こいつはおまけだ、持ってけドロボウ!」


 そう言って、店主さんは『アース』のカードをくれた。


「そいつはどのデッキともシナジーがある凡庸カードだ。一枚挿しとくだけでシンプルに強くなるぜ!」

「わお!」


 お店の名前にもなっている店主さんオススメの一枚を東遊戦記のデッキに挿して、わたしはスタートデッキを浩介に手渡した。


「よーし、バトルだー!」

「……おう」

「でぇ……、最初はどうすればいいの?」

「デッキをシャッフルして、コマンダーカードをその枠に置くんだ。シャッフルは分かるだろ?」

「オーケィ!」


 バトルフィールドにシャッフルしたデッキをセットする。そして、コマンダーカードをコマンダーゾーンという一番手前の枠にセットした。

 シャラクにはライフポイントが設定されている。これを削り切られる前に、相手のコマンダーのライフポイントを削り取ったら勝ちみたい。


「コマンダー毎に命令権があるんだ。一回のターン毎に命令権の数だけモンスターカードやサポートカードをセットしたり、発動したり出来る。ただし、命令権は使う毎に成約が増えていくんだ。カードの下の方に成約の欄があるだろ?」

「どれどれ……、あった! 『命令権を使用する度、自身の能力『シャラクの結界陣』の防御力が200ずつ減っていく。防御力が0まで下がると、結界陣は崩壊し、次のターンまで再設置する事は出来ない』と……」


 能力は成約の欄の上の部分にあった。シャラクの結界陣は防御力2000の結界を形成する。結界は命令権の使用や敵モンスターの攻撃によって削れていく。

 ただ、結界陣が効果を発揮するのはコマンダーへの直接攻撃が通った場合に限られるみたい。ウィザード・ブレイブは基本的にモンスター同士が戦い、相手のモンスターを全滅させるか、一部のモンスターが持つ固有の能力を使う事でようやくコマンダーへの攻撃が通る為、序盤はガンガン命令権を使って良いみたい。


「使う順番にも気をつけるんだ。カードの中には次のカードへ繋げる効果を持つカードもある。ただ、命令権を使い切った状態だと、次のカードを使えなくなる。シャラクは成約が軽いから命令権の使用回数も多いけど、そこは注意が必要だ」

「はーい!」


 浩介に教えてもらいながら、ウィザード・ブレイブで遊んでみると、思った以上に複雑で奥が深いゲームだった。


「えーっと、『アース』を代償にして、『狼王ソボロン』を召喚して、ソボロンの効果を発動。その効果でサポートカード『勇者の号令』を発動。それで……、命令権足りるよね? よしっ! デッキから『七色のリング』を発動! これで『五九』の攻撃力と防御力はそれぞれ三倍になって、相手のモンスターに一回ずつ攻撃出来ると」

「おっと、ここで『誘いの魔法少女・ミリアル』の能力を発動だ」

「ええ!? まだ、わたしのターンでしょ!?」

「命令権が残っている場合、一部のカードは相手のターンでも使えるんだよ。この効果で、五九は一時的に俺のモンスターになる」

「ええ!?」

「さあ、どうする?」

「ぐぬぬ! 初心者相手になんて大人げない……!」

「いや、最初に説明しただろ」

「ルールが多過ぎるんだよ!」

「まあ、何回かバトルしてれば慣れるだろ」

「……むぅ」


 それから何度も何度もバトルを楽しんだ。その度にわたしは実感した。

 浩介の事を何でも知っている気になっていたけれど、彼にはわたしの知らない一面がたくさんある。

 一頻り楽しんだ後、わたし達は『カードショップ・アース』を後にした。


「次は学校に行こうか」

「……ああ、行こう」


 わたし達は手を繋いだ。わたし達が通っている高校は徒歩で三十分程度の距離にある。

 歩きながら、わたしは浩介に問い掛けた。


「ゆうちゃんにウィザード・ブレイブを教えてあげたの、浩介?」

「……そうだよ。シャラクのデッキをあげた」

「だから、ゆうちゃんはこーちゃんって呼び始めたんだね」


 昔はわたしが浩介をこーちゃんと呼んでいた。だけど、いつの頃からか、ゆうちゃんも浩介をこーちゃんと呼ぶようになった。だから、わたしは自然と浩介を浩介と呼ぶようになった。

 ゆうちゃんは同年代の友達の事はいーちゃんとか、うっちゃんなどと名前の頭文字にちゃんを付けて呼んでいた。だけど、亜里沙と紗耶の事は亜里沙姉ちゃんとか、紗耶姉ちゃんと呼ぶ。わたしの他の男友達と会っても、名前の後に兄ちゃんと付けて呼んでいた。だけど、浩介の事はこーちゃんと呼んでいた。

 わたしはその事をあまり気にしていなかった。浩介はわたしにとって、特別な男の子だったし、亜里沙達並に付き合いが長い。ゆうちゃんにとっても同性の身近な存在として親しみを感じる存在だからこそだろうと考えていた。だけど、それは少し理解が浅かったようだ。

 浩介はゆうちゃんにとって、単なる姉の友達ではなく、自分にとっての親愛なる友達だったのだ。

 ウィザード・ブレイブを教えてくれて、きっと、わたしの知らない所でたくさん一緒に遊んでいたのだろう。


「ZEROって、リアクションっていう機能があるんだね」


 次郎さんや瀬尾さんのイチャイチャタイムが終わるまでの待機時間でわたしはZEROの|シャラク《ゆうちゃん》のつぶやきを見ていて気が付いた。ZEROではつぶやきに対して、読んだ側がリアクションを残す事が出来る。それはコメントを残す形であったり、スタンプ機能という可愛らしくて、少し大きめの絵文字を送る形であったりだ。そして、そのアカウントがリアクションを送ったつぶやきも見る事が出来た。

 ゆうちゃんは蓬莱館にある『誘いの魔法少女・ミリアル』の画像を投稿する直前、とあるアカウントのつぶやきにリアクションを送っていた。そのアカウントの名は『ふわふわのミリアル使い』というものだった。


「『ふわふわのミリアル使い』って、浩介のアカウントでしょ。ちょっと、吹き出しちゃったよ」

「……て、適当に決めたんだ」


 浩介の名字は不破だ。不破不破のミリアル使い。確かに適当っぽいけれど、なんだか可愛い響き。


「ゆうちゃんは浩介に見せたくて、あの画像を投稿したんだね」

「……ああ」


 レオンでブレイバー達と会った時、浩介はわたしのように戸惑わなかった。その時から薄っすら思っていた事だけど、こうして色々な事が判明してくると、本当にウィザード・ブレイブが大好きなのだと分かる。

 子供から大人まで楽しめる。ウィザード・ブレイブはすごいゲームだ。

 もっと、早く知りたかった。だけど、知ろうとするのが遅過ぎた。


「着いたね」


 夕暮れ時で、生徒の数はまばらだ。とっくに下校時間が過ぎているから当然だろう。

 もう、随分と長い間サボってしまった。


「あれ? 蘭子! 久し振り! もう、大丈夫なの!?」


 クラスメイトの綾子が声を掛けて来た。


「うん。どうにか、区切りを付けられそう」

「そっか……」


 綾子は浩介を見た。


「任務、ご苦労!」


 そう言うと、彼女はわたしと浩介の背中を叩いた。


「今日はバイトあるから急いで帰らないといけないの! 明日から、また登校するんだよね!?」

「まだ、ちょっとドタバタするかもだから、明日かどうかは分からないけど、数日中には必ず!」

「待ってるよ!」

「うん!」


 綾子に手を振って別れると、わたしは浩介と一緒に校舎の中へ入った。ガランとしている。一部の生徒が私服のわたしと浩介を見てくるけど、顔を知らない子達だ。多分、一年生だろう。

 彼らを尻目にわたし達はサークル棟に向かった。その一角に『ウィザード・ブレイブ大会 イン 伊山商店街!』というタイトルのポスターが掲示されていた。


「ここに貼ってあったんだよね。大会のポスター」

「ああ、そうだ。ゲーム研究会の連中が定期的にこういう大会を企画してるんだ。あんまり人は集まらないけどな」


 そう言って、浩介は苦笑した。

 内田翔太くんに『森林公園の大会のポスターは伊山小学校にあったの?』と聞いたら、違うと返って来た。そうではなく、学校のポスターを見たという又聞きの情報をゆうちゃんに伝えたとの事だった。その出所を更に聞いてみたら、『いつも遊んでくれるお兄さん』だと教えてくれた。


「……なあ、デートは終わりか?」

「ううん。最後に教室に行こうよ」

「ああ、分かったよ」


 伊山高校二年C組。そこがわたしと浩介のクラスだ。

 わたしの机は思ったよりも綺麗だった。すっかりホコリを被っているものと思っていたけれど、丁寧に掃除をしてくれていたみたい。引き出しの中には手紙がいっぱい入っていた。

 家のポストに入っていた手紙とは全然違う。どれもこれもがわたしを励ます言葉ばかりだった。


「なんだか、懐かしい」


 自分の席に座ると、尚更思う。


「そうだな」


 浩介も隣の席に腰掛けた。


「浩介」

「なんだ?」

「どうして、ゆうちゃんを殺したの?」


 わたしが問い掛けると、浩介は表情を歪めた。


「……ストレートだな」

「パパとキャッチボールをして、真っ直ぐに投げられるようになったんだよ」

「カーブやシュートはまだ早いって事か」

「そういう事」


 浩介はため息を零した。


「……殺す気なんてなかった。そう言ったら、信じてくれるか?」

「うん」


 わたしが頷くと、浩介は目を見開いた。


「……なんで」

「だって、浩介だもん」


 そう返すと、浩介は涙を零した。


「俺は信じられないよ」


 そう言って、俯いた。


「殺す気なんてなかった。そう思うけど、実際に殺しちまった……」


 浩介は顔をくしゃくしゃにしながら言った。


「何があったの?」

「……俺は」


 浩介は息苦しそうに何度も浅い呼吸を繰り返した。


「教えて、浩介」

「俺は……、あの日、蘭子に会いに行こうとしていたんだ。何度も何度も行こうとして、でも、勇気が出なくて……、でも、今日こそはって……、そう思って、家を出たんだ。だけど、悠斗に捕まった」


 浩介は震えながら頭を抱えた。


「ゆ、悠斗は友達から新パックの話を聞いたって、嬉しそうに声を掛けて来た。でも、俺は今はそれどころじゃないって言ったんだ。そうしたら、アイツは怒って、蘭子に……、俺がウィザード・ブレイブに嵌っている事をバラすって言って来た」

「……それが理由?」

「違う!」


 浩介は慌てたように言った。


「そ、そうじゃないんだ! 別に、その時だけじゃなかった。悠斗はよく、不満があるとそう言って脅かして来るんだ。だから……、別に珍しい事でもないし、仕方ないからって、その日は諦めて付き合う事にしたんだ」

「ゆうちゃん……」


 そういう面がある事を今回の事件を追う中で何度も知らされた。

 そういう部分も魅力だと思って、わたしは叱ってあげた事がなかった。だから、いーちゃんの家でも、うっちゃんの家でも、わたし達はあまり歓迎されていなかった。


「悠斗と遊んでいたら、アイツの友達も集まって来た。それで……、翔太がゆうちゃんに大会の事を話したんだ。ただ……、俺はその事を忘れてたんだ。話した事自体も、大会の事もすっかり忘れていた。だって、もう随分と前の話だからだ。ただ、翔太とウィザード・ブレイブでバトルしていて、その間のちょっとしたお喋りの時に言った事なんだ。だけど……、悠斗は怒っちまった」

「ど、どうして?」

「新パックの事を自分に秘密にしていた事が不満だったんだと思う。大会がある事も自分に真っ先に教えるべきだって、癇癪を起こした。それで……、翔太達が怯えてた。その……、えっと……」

「言って、浩介」

「……悠斗はその……、イジメをしていたんだ」


 わたしは崩れ落ちそうになった。

 可愛いゆうちゃんの知らなかった一面……いや、知ろうとしなかった一面に青褪めた。


「だから……、俺は……、ちょっと叱ろうと思ったんだ。癇癪に怯えてる子達が、俺の事をみんなへの脅しに使っているって教えて来て、このままだと本当に不味いと思ったんだ」


 そう思うべきはわたしだった。


「だから……、『いい加減にしろ』って、怒鳴ったんだ。でも、余計に悠斗は怒って、それで、蘭子に言いつけるって言われて……、それで……、それで……、俺は……、多分だけど、本当は……、すごくムカついたんだと思う」

「浩介……」

「……その時の事だけじゃない。ずっと前からだ。もしかすると……、七年前にアイツが生まれた時から……」

「そ、そんなわけないよ!」

「あるんだ……」


 浩介を呻くように言った。


「俺は蘭子の事がずっと好きだった」

「……浩介」

「蘭子がアイツに向ける眼差しや声は、ずっと俺のものだった」


 浩介は頭を掻き毟りながら言った。


「だけど、アイツが生まれて、蘭子はアイツの事ばかり見るようになった。アイツがこーちゃんって呼んでくるようになると、蘭子はこーちゃんって呼んでくれなくなった」

「それは!」

「……何を言ってんだ、俺は」


 違うと言おうとしたのに、浩介は何度も何度も自分の頭を殴り始めた。


「こ、浩介!?」

「違う違う違う違う違う! 全部、俺だ。俺は悠斗に嫉妬したんだ! だから、アイツを殺したんだ! 俺は……、俺は……、最低だ……」

「違う……、違うよ! わたしのせいだ!」

「なんでだよ!? それこそ違うだろ! どこにお前の責任があるんだよ!?」

「だって、わたしは浩介が好きなんだもん!」


 わたしは叫んだ。


「なっ……、え?」

「こーちゃんって、呼ばなくなったのは……、ずっと弟だと思ってたから……でも、違ったから!」


 最悪だ。これこそが絶望というものだ。


「わたしにとって、浩介は弟じゃなくて、好きな男の子だったの……。ゆうちゃんがこーちゃんって呼ぶようになって、わたしはその事を自覚したの……。だから、好きになってもらいたくて……、特別な関係になりたくて……、ずっとアプローチしてたの」

「……え?」

「愛して欲しかったの……」


 でも、直接言うのは恥ずかしかった。だから、遠回しな形でばかり彼を誘惑した。

 彼がゆうちゃんに嫉妬して殺害したというのなら、その原因を作ったのはわたしだ。


「……全部、わたしが空回ったせいなんだ」

「そうじゃない! 違う! 俺が醜い嫉妬に狂ったから! だから!」

「そうさせたの、わたしじゃん……」


 目を逸らしたくなる。だけど、そんな事は許されない。

 逃げるなって、わたしの中の何かが叫んでいる。

 きっと、白鳥先生はこの時の事を見越して、あの本を渡したんだ。


 ―――― 真実は時に残酷だ。けれど、目を逸らしてはいけない。例え如何なる真相が待ち受けていようとも、足を止めずに真実へ辿り着く意思。それこそが唯一無二の『名探偵の条件』だ。

 

 わたしは浩介が犯人だと考えた。それでも真実に向かって進もうと決めた。

 だから、自分がすべての元凶だったと知って、それで足を止める事なんて許されない。


「……ごめんね、浩介」


 猶予は一日しかない。このままでは、葵が証拠を警察に提出してしまう。

 それでは浩介の罪が重くなってしまう。

 ゆうちゃんを奪った人。だけど、わたしは憎んでなんていない。ただ、ゆうちゃんを返して欲しかった。

 でも、死んだ人間は蘇らない。当たり前の話だ。だから、わたしの決意は浩介の為のものだった。

 

「自首して……、浩介」


 わたしのせいなのに、わたしは彼に裁かれろと告げた。

 自己嫌悪で吐きそうになる。だけど、吐いて楽になるなど許されない。

 これはわたしの罪だ。それを贖う為には被害者振る事など許されない。


 ―――― お姉ちゃんは頑張るからね! 名探偵として!

 

 そう宣言したからには最後まで貫き通す。

 

「お願い、浩介」

「……ああ、分かった。だから、泣かないでくれ」


 浩介はわたしの涙を拭ってくれた。

 その優しさに縋りそうになる。


「泣かない。浩介が帰って来るまで、絶対に!」

「……待っててくれるのか?」

「当たり前でしょ」


 そして、事件は幕を閉じる。

 逃げ出したくなる真実がある。だけど、決して目を逸らしてはいけない。

 それはわたしの罪から目を逸らす事だからだ。

 

 これはわたしにとって、最初の事件。わたしという『探偵が生まれる理由』となった|原点《オリジン》だ。

閲覧数:2回0件のコメント

最新記事

すべて表示

エピローグ『真相』

立花警部は手塚葵が隠し持っていた監視カメラの映像を再生した。そこにはたくさんの子供達がいて、悠斗少年と浩介少年が口論する様子も映っていた。 「……これだけの目撃者がいたのか」 浩介少年を盾にするようにして怯えている子供が七人もいた。...

第三十六話『名探偵お姉ちゃん、出動』

事件はまだ終わっていない。その言葉を聞いて、わたしはドキッとした。 妙な感覚だ。まるで、図星を突かれたようだ。 「黙れ! 犯人は手塚忠彦だ! そして、お前が黒幕だ!」 男が声を張り上げた。けれど、葵はそんな彼を嘲笑うかのように言った。...

第三十五話『交差』

ママの事情聴取はまだ途中だったみたい。状況的に日を改める事も出来ないみたいで、もうしばらく拘束される事になるようだ。パパもママに付き添う事になった。 「というわけで、久し振りのお泊り会だー!」 「二人共、寝かせないわよ!」...

Comments

Rated 0 out of 5 stars.
No ratings yet

Add a rating
bottom of page