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執筆者の写真雪女 雪代

プロローグ『とある人物の独白』

 私は小説が好きだ。読んでいると心を揺さぶられて、様々な感情が浮かんで来るからだ。

 ミステリを読んでいる時は事件に怯え、被害者を哀れみ、犯人に対する怒りが湧いてくる。

 恋愛小説を読んでいる時は可憐な女性や素敵な男性に恋をする。

 SF物を読んでいる時は未知の科学にワクワクして、難しい用語を覚える度に自分が賢くなったように感じる。

 歴史小説を読んでいる時はまさにタイムスリップを経験しているような感覚に陥る。歴史が動く瞬間に立ち会う感動、歴史に名を残した英雄と巡り合う興奮、その歴史を時には自分の手で動かし、未来を変えてしまった重責を感じる事もある。

 ファンタジー小説では剣と魔法で戦ったり、時には領地経営に乗り出してみたり、魔王として世界を滅ぼそうとする事もある。

 小説を読んでいる時の私はいつだって主人公だ。だけど、本のあとがきを読み終えて顔を上げた時、私は現実に引き戻される。

 現実の私は没個性の有象無象の中の一人に過ぎない。小説の中と比べて、あまりにも退屈な世界の退屈な人間だ。ミステリのように探偵を必要とするような事件は起こらないし、恋愛小説のような情熱的な恋とは無縁だし、人智を超えた現象や経験もない。

 それが普通なのだと頭では理解しているけれど、だからこそイヤなのだ。

 くだらない日常。くだらない世界。いっそ、全部壊れて欲しい。

 人に聞かれたらバカにされる。だけど、それは間違いなく私の本心だ。

 だから、私は暇さえあれば小説を読む。小説を読んでいない時間は妄想に耽る。授業中には大抵教室にテロリストが乱入して来て、私が機転を利かせて撃退している。クラスメイトと話している時は勝手に相手を能力者に変えたり、会話の中に秘密の暗号を忍ばせる人間にしている。学校帰りの通学路には川があって、水面を駆け抜け、何処かへ向かっている自分の姿を思い浮かべている。

 だけど、やっぱり現実はどこまでいっても現実でしかない。だから、私は人を殺す事にした。この退屈な世界を少しでも面白くする為に一生懸命勉強した。

 誰を狙えばいいのか、何を使えばいいのか、どうやればいいのか、本で調べたり、インターネットで調べたり、近所の野良猫で実験してみたり、私はとにかく頑張った。

 ドキドキしていた。殺人を決意した瞬間から私の世界は明らかに変化を遂げていた。これまではモブキャラでしかなかった私がようやく主人公になれた気がした。

 これが私にとってのはじまりだ。

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