立花警部は手塚葵が隠し持っていた監視カメラの映像を再生した。そこにはたくさんの子供達がいて、悠斗少年と浩介少年が口論する様子も映っていた。
「……これだけの目撃者がいたのか」
浩介少年を盾にするようにして怯えている子供が七人もいた。
その子供達の中には捜査官が聞き込みを行った家庭の子供もいた。それなのに、一人残らず口を噤んでいた。
「やり切れんな……」
大人から見れば、彼はどこまでいっても哀れな被害者だ。けれど、子供達にとっては違ったようだ。
立花警部は事件捜査の過程で、子供達が共犯者として動いていたのではないかと推理したが、あながち的外れでも無かったというわけだ。
「ここか」
口論がヒートアップして、とうとう浩介少年は手を上げてしまった。
けれど、拳ではなく、手のひらだった。頬を平手打ちにして、悠斗少年はよろけて、近くにあったショーケースの角に頭をぶつけた。
浩介少年は動揺した様子で救急車を呼ぶように辺りの子供達や店員に求めている。どうやら、彼の証言通りらしい。この時、彼は携帯電話を持っていなかった。どうやら、家に置き忘れてしまったらしい。
取り調べの過程で彼はSNSでのやり取りについても触れていた。彼は少し前にSNSに『ミリアルは最高だぜ! 強い、可愛い、能力が優秀! おまけにエロい!』という、少しばかりアレな内容のつぶやきを投稿していて、それを見た悠斗少年はインターネットで見つけた蓬莱館のミリアルの等身大フィギュアの画像を彼に見せてあげようとしたらしい。その時、彼が携帯電話を持っていれば、その場で画像を渡せた筈だが、携帯電話を置き忘れて来た彼の為に画像をSNSに投稿して、後で彼がいつでも見られるようにしてあげたようだ。
そのやり取りからは、普段の二人の気安い関係性が感じ取れる。だからこそだろう。彼は映像の中で大いに取り乱している。
『はやく、救急車を呼んでくれ! 頼む!』
けれど、子供達は救急車を呼ばなかった。
そもそも、携帯電話を持っていなかった子も居たのだろう。けれど、全員というわけではあるまい。
「なんという事だ……」
少年達の沈黙の理由は、ただ浩介少年を庇っていただけというわけでもないようだ。
徐々に弱っていく悠斗少年を彼らは見殺しにしたというわけだ。
だから、誰も何も語ろうとしなかった。自分達の決断がどういうものなのか、彼らは理解していたからに違いない。七歳の子供達の残酷さと卑劣さに立花警部は目眩を覚えた。
「……だが、それ以上の邪悪がいる」
悠斗少年が動かなくなり、浩介少年が泣き叫ぶ中、店員が姿を現した。
手塚葵だ。そこから先の映像は乱れ、音声は消されている。見られたら不味い部分は改竄を行っていたようだ。
「馬鹿か」
その程度で警察を欺けると思っているのならば笑わせる。多少の機材を揃えた所で、一般人に出来る程度の改竄など、簡単に修正する事が出来る。消されていた音声データを復元し、乱されていた映像を正し、その先を見た。
葵は言った。
『君、人を殺しちゃったね』
追い詰められている浩介少年を更に追い詰めようとする悪鬼がそこにいた。
『あーあー、可哀想』
『ま、まだ生きてます! 誰でもいいから、携帯電話を貸してくれ!』
『えー? 死んでるわよ。だって、動いてないもの。ねー? みんな』
見ているだけで怒りが込み上げて来る。
『も、もういい! 直接連れて行く!』
そう言って、浩介少年は悠斗少年を抱きかかえた。そして、慌てていたせいだろう。ギィギィという音が鳴る床が他の床と比べて弾力を持っていた事も原因かもしれない。彼は転んでしまった。抱えていた悠斗少年と共に。
『あらまあ! 今度こそ、間違いなく死んじゃった! あーあー、殺しちゃった! 聞いてたわよぉ、君って、その子のお姉さんの事が好きなのよね? その子、前にここに来た事があるけど、弟の事を溺愛してたなぁ。あーあー、最愛の弟を奪った奴の事、彼女はどう思うのかしらねぇ』
胸糞が悪い。けれど、同時にありがたい。改竄すればいいとでも思っていたのだろう。葵はカメラの映像に映っている状況で十分過ぎる程の悪意を披露してくれた。
そして、少年は必死の救命活動を行っていた。葵や少年達が救急車を呼んでいれば、悠斗少年は助かった可能性が高い証明にもなる。自首した事も合わせれば、情状酌量の余地は十分にある。
「……ゲーム・メーカー。貴様は許さんぞ」
葵の悪意は一人の少年を殺し、一人の少年に殺人という十字架を背負わせた。七人の子供達にも友人を見殺しにしたという過去を植え付けた。そして、前途有望な捜査官に殺意を抱かせ、未来を閉ざしかけた。
佐伯の行動は褒められたものではない。けれど、未遂に終わった事で上層部の決断材料を作り出した。出世コースからは完全に外される事になるが、警察の威信が揺らがぬよう、彼を守る為に手塚葵は徹底的に追い詰める事となった。
24年前の岩瀬一家殺害事件も再捜査が開始されている。
時効は成立しているが、葵は姉の真理恵に罪を被せている。その事実は時効を不成立にさせる可能性を齎している。そして、当時は小学生でも、今は成人だ。その罪は成人として裁かれる。
全ては裁判官や検事、弁護士による法解釈によるが、葵が引き起こして来た数々の事件がすべて明るみに出れば、情状酌量の余地など一切ない。
取調室では余裕を見せていたが、裁判の後までその余裕が続くものか実に見ものだ。
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