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第三十五話『交差』

 ママの事情聴取はまだ途中だったみたい。状況的に日を改める事も出来ないみたいで、もうしばらく拘束される事になるようだ。パパもママに付き添う事になった。

「というわけで、久し振りのお泊り会だー!」
「二人共、寝かせないわよ!」
「お互いの家にパジャマ置いとくと、こういう時に便利よねー」

 パパもママも居ない家に一人で帰るのは寂しいなアピールが功を奏して、亜里沙と紗耶が泊まってくれる事になった。お互いの家で寝泊まりする事は特段珍しくもなく、わたし達は互いの家にパジャマや下着を常備している。だから、着の身着のまま気の向くまま、いつでもお泊り会を決行する事が可能なのだ。

「なんやかんやあったけど、これで解決って事でいいのかな?」

 夜道を歩きながら亜里沙が呟いた。

「いいんじゃないの? おばさんが言ってたじゃん。『先生はあなたが思い描いている通りの先生よ』ってさ。わたし達が知ってる白鳥先生はよっぽどの事がなきゃ、人なんて殺さない。つまり、よっぽどの事があったって事でしょ」
「先生が殺した人がゆうちゃんを殺した人って事だよね」

 ゆうちゃんの体も見つかったとママが言っていた。そう遠くない内に返してもらえるみたい。わたしや浩介の苦労は徒労に終わってしまったけど、亜里沙の言う通り、これで事件は解決なのだろう。
 
「……ゆうちゃん」

 体は帰って来る。だけど、生き返るわけではない。
 事件が解決しても、ゆうちゃんとは二度と会えない。

「もう、会えないんだよね……」

 亜里沙の声は震えていた。

「……ヤダなぁ」

 紗耶も顔をくしゃくしゃにしていた。
 わたし達は揃って泣いた。慰め合う余裕なんてない。だって、すごく悲しいから。
 もう、ゆうちゃんにただいまを言ってもらえない。おかえりを言ってもらえない。
 一緒に遊べない。抱き締められない。公園や買い物にも連れていけない。
 これからゆうちゃんと一緒にやりたかった事が何も出来ない。
 犯人は白鳥先生に殺された。だけど、いい気味だなんて思えなかった。そんな事よりも、ゆうちゃんを返して欲しかった。
 
「グス……、ぅぅ」

 寂しくて仕方がない。わたし達は寄り添いあった。
 正直、歩き難いけど、今は人の体温が恋しかった。
 そして、涙が枯れ果てた頃、家の近くの路地にその惨状は広がっていた。

「え?」

 そこには女の人が倒れていた。そして、倒れた女性に馬乗りになって首を締めている男がいた。

「なっ!?」
「なにしてんのよ!」

 わたしと亜里沙が声をあげている間に紗耶が男の背後に回って、彼を蹴り倒した。

「……さ、紗耶?」
「はやっ!?」

 地面に倒れ込んだ男は紗耶を睨みつけ、その顔を紗耶は踏みつけた。

「警察!」
「え?」
「通報して!」
「あっ! うん!」

 呆気に取られている場合じゃなかった。

「あ、あと、救急車も呼ばなきゃ」
「呼ぶな!」

 スマホを取り出していると、男が叫んだ。

「そいつを生かすな! そいつがゲーム・メーカーなんだ!」
「げ、ゲーム……?」

 わけが分からない。

「……えっと、ゲームでトラブルを起こした感じ?」

 119番に電話をしながら、わたしは首を傾げた。亜里沙も110番に電話しながら肩を竦めている。恐ろしい状況なのだけど、紗耶が一瞬で鎮圧してくれたおかげで冷静になれている。さすがはボクシング部のエースだ。
 
「違う! そいつがすべての元凶なんだ! 悠斗くんが死んだのはそいつのせいなんだ!」
「……ゆ、ゆうちゃん?」

 聞き捨てならないセリフだったけど、丁度救急のオペレーターに電話が繋がった。
 わたしは混乱しながらもオペレーターに状況と住所を説明した。

「やめろやめろやめろ! そいつは殺さないとダメなんだ! 今まで、そいつに何人も殺されて来たんだ!」
「ど、どういう意味?」

 通話を終えながら、つい尋ねてしまった。

「そいつは24年前の岩瀬一家殺害事件の真犯人なんだ! その罪を姉の真理恵に被せて逃げおおした。そして、そいつは他人に罪を被らせながら人を殺す怪物になった。糸田幸宏を操り、滝上麻斗を含む多くの人間を殺人ゲームで殺して来たんだ。それなのに、そいつ自身は手を汚していないから、大した罪にも問われずに名前を変えながら別の場所でも殺人ゲームを楽しんでいた! そして、今もまた手塚忠彦を操って、まだ七歳の少年を殺させたんだ! その上、こいつは悠斗くんの母親に忠彦を殺させようとした! 息子を奪っただけでは飽き足らずに!」

 わたしは混乱した。男の言葉はあまりにも突拍子がない。だけど、事件に相当深く関わっていないと分からない事まで口にしている。
 嘘とは思えなくて、わたしは倒れている女性から後ずさった。

「……アハッ」

 そして、女は嗤った。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 ゆっくりと立ち上がった彼女の目は殺されかけたからなのか、真っ赤に充血していた。
 
「こんな事があり得るなんて、やっぱり、私は主人公なのね!」
「なっ……」

 その女の顔には見覚えがあった。

 ―――― 悠斗くんを狙った犯人が、次はあなた達を狙う可能性もある。だから、私としては警察にすべてを任せて、家で待っていて欲しいわ。

 そう言ってくれた女性。ゆうちゃんの為に泣いてくれた人。
 双六堂の店員、手塚葵がそこにいた。

「大した根拠もなしに警察官に殺されかけた。わたし、とっても可哀想じゃない?」
「き、貴様!」

 あまりの事に紗耶も茫然となっていたらしい。男は顔を擦り剥きながら、紗耶の足から抜け出して立ち上がった。

「もうすぐ、彼女達が呼んでくれた警察と救急車が来るわ。私は被害者として、丁重にもてなしてもらえる。わたしの勝ちよ、お廻りさん」
「巫山戯るな! お前はこの場で俺が処刑してやる!」
「ああ、怖い。すごく怖いわ。ねえ、みなさん!」
「なっ!?」

 辺りが急激に明るくなった。朝日が登ったのだ。
 時刻は午前5時45分。そんな時間帯に大声をあげていたら、近所の人達が起きてきて当然だ。窓が開けられ、扉が開けられ、近所の人達が顔を出して来た。

「……貴様」

 男性は絶望の表情を浮かべた。そして、勝利を確信した女がわたしを見た。

「蘭子ちゃん。あなたに良い事を教えてあげる」
「聞くな!」

 咄嗟に男性が叫んだけれど、わたしは聞いてしまった。
 混乱が極まり過ぎていて、耳を塞ぐ事が出来なかったからだ。

「忠彦は誰も殺していないわ」
「……え?」
「真犯人は別にいる」
「それって……」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! お前はどこまで邪悪なんだ! この悪魔め!」
「悪魔みたいな顔をしているのはそっちじゃないの。ほーら、パトカーの音が聞こえて来たわ。あなたを逮捕する為に」

 そう言いながら、葵はわたしを見て微笑んだ。

「蘭子ちゃん。事件はまだ終わっていないわよ」

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