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第十六話『怪物』

 目的の刑務所に辿り着くと、佐伯は面会受付窓口へ向かった。受刑者との面会には事前予約が必要となるが、その受刑者を逮捕した捜査官ならば多少の融通が効く。
 署や刑務所の管理機関に連絡を入れ、『一度解決した事件とは言え、不可解な点が残っており、受刑者に話を聞く必要がある』と半ば強引に面会の許可を取り付けた。
 窓口で受付を済ませると、佐伯は頑丈そうな扉を潜り、飾り気のない廊下を進んで行った。
 面会室に入ると、そこには部屋を二分するガラスの壁があった。その手前にあるパイプ椅子に腰掛けて待っていると監視員が受刑者を連れて来た。

「面会を始めます。受刑者は椅子に座ってください」

 淡々とした口調で監視員は言った。

「面会中は、会話の内容が規則に則っている事を確認しますので、お互いに理解して話してください。また、面会中は、手を合わせたり、物を渡すことは出来ません。適切な行動をお願いします」

 佐伯はズッコケそうになった。それは家族や恋人が面会に来た時に言うべき規則だ。
 逮捕した刑事と逮捕された受刑者に言うべきものではないだろう。
 改めて見ると、その監視員はかなり若い事に気がついた。どうやら、大分緊張しているらしい。
 
「面会が終了する際には、監視員の指示に従って部屋を退出してください」
「……わかりました」

 呆れが声に出ないように意識しながら頷いた。
 面会時間は二十分程度だ。貴重な時間を若き監視員に費やしている余裕はない。

「久し振りだな、宇喜多」
「……おう。まさか、お前さんが面会に来るとは思わなかったぜ。どういう風の吹き回しだ?」
「確認したい事があって来た。答えたくなければ答えなくてもいい」
「あ?」

 勿体振っている暇もない。佐伯は単刀直入に聞く事にした。

「率直に聞きたい。宇喜多、お前はどうして人を殺すんだ?」
「はぁ?」

 宇喜多はポカンとした表情を浮かべた。

「僕はお前達の事を同じ人間だとは思えなかった。殺人を犯した者はしばしば鬼畜と称される事がある。鬼にしても、畜生にしても、本来は人外を表す言葉だ。まさにその通りなのだろうと考えていたんだ。けれど、どうやらお前達は人間らしい。だから、教えて欲しいんだ。人を殺す事は悪い事だなんて、子供でも知っている。それなのに、どうして殺すんだ?」
「……お前、疲れてんのか?」
「知りたいんだ」

 佐伯の言葉に宇喜多は困惑の表情を浮かべた。

「知りたいって言われてもなぁ。俺だって、別に殺したくて殺したわけじゃねぇぞ」
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、そのままだ」
「だが、お前は一年前に|坂上敏夫《さかがみとしお》さんを殺害している。それに、20年前の『河川敷集団リンチ事件』の主犯もお前だろ?」
「おっ、懐かしいな!」

 その反応から察するに、やはり『河川敷集団リンチ事件』の主犯である糸田幸宏は宇喜多の幼名だったようだ。

「お前は殺人を繰り返している。それなのに殺意を否定するのか?」
「嘘じゃねぇよ。麻斗の事だって、殺したかったわけじゃねぇ。佐伯、俺はよう! 麻斗の事を愛していたんだぜ」
「……妙だな。被害者の滝上麻斗くんは男だと聞いているが」
「男だぜ? だから、良いんじゃねぇか」

 宇喜多はウットリとした表情を浮かべながら言った。

「麻斗は良い男だった。俺達がカモにしていた連中に泣きつかれて、たった一人で俺達が使っていたアジトに乗り込んで来やがった! ガッツのある奴だと思ったもんよ。腕っぷしもかなりのもんだった。だがまあ、数の暴力に勝てるほどじゃなかったがな」

 その辺りの経緯は資料にも載っていた。滝上麻斗は文武両道で正義感が強く、将来を有望視されていた少年だと。

「ボコしてやった後、誰だったかが素っ裸にひん剥いて街を一周させようとか言い出したんだ。そんで、ひん剥いた後に女共が面白がって女物のパンツを履かせたんだよ。あれは傑作だったぜ! ブラジャーまで着けられちまってよ。爆笑したもんよ」

 麻斗少年が受けた屈辱は聞いているだけでも怖気が走るほどだった。

「そんでよぉ。しばらく笑ってたんだが、アイツの屈辱に歪む顔を見てたら、なんかムラムラして来たんだ。そんで、試しに抱いてみた」
「……お前」
「ああ、勘違いすんなよ! 男を抱いたのはそれが最初だ。それまでは女一筋だったんだぜ? だってのによぉ、俺の心はその一発で完全にアイツの虜になっちまったんだ」

 それから宇喜多は麻斗少年とのめくるめく日々について語り続けた。
 それは麻斗少年にとっての地獄の日々でもあった。

「俺ってよぉ、友情を何よりも大事にする男なんだぜ? 女もつるんでる連中とシェアするくらいにな。だけど、麻斗だけは誰にも渡したくなかった。俺だけの物にしたかったんだ」
「だから、殺したのか?」
「違ぇよ、アホタレ。なんで、俺の物にする為に殺すんだよ。意味分からねぇよ!」
「……だったら、なんでだ?」
「話の途中だろうが! アイツに貞操帯を着けたんだよ。前も後ろも俺の前以外じゃ使えないようにしてやったのさ。そんで、アイツのすべてを俺が管理してやったのよ。そうしたら……、なんかよぉ……、なんか……、媚びるようになっちまったんだ」

 心底哀しそうに、宇喜多は言った。

「まるで躾けた犬みたいに従順でよぉ。その姿を見たら、俺は哀しくなった! 俺が好きになった麻斗は俺に反抗的な麻斗だったんだ。その事に気付いた俺は麻斗を殴った!」

 佐伯は宇喜多が何を言っているのかが分からなかった。

「何故だ? 何故、殴ったんだ?」
「反抗して欲しかったからさ! また、アイツに睨んで欲しかった! 隙あらば俺を殴り殺そうとするような殺意が欲しかった! 首を締めたり、タバコの火を押し付けたり、女の前で抱いたり、アイツに怒りを思い出させる為なら何でもやった! だけど、アイツは反抗してくれなかった……」

 そして、そのまま行為がエスカレートして、殺してしまったらしい。
 佐伯はあまりの事に息を呑んだ。やはり、同じ生き物とは思えなかったからだ。

「敏夫の事だって、俺は殺したくなんてなかった! だけどよぉ、死んじまった……」

 宇喜多は涙を零していた。
 
「俺は殺したくなんてなかったんだ! ずっとずっと、愛していたかったんだ……。なあ、佐伯よぉ。人ってのは、どうして死んじまうんだろうな……」

 坂上敏夫の死体は外傷だけではなく、内蔵も酷く損壊していたという。
 殺人事件の裁判では『殺意の証明』が必要となるが、担当した検事は死体の損壊具合を説明するだけで宇喜多の殺意を証明して見せた。
 今のように宇喜多は裁判でも殺意を否定していたが、陪審員はおろか裁判官ですらも宇喜多の証言を欠片も考慮する素振りがなかったほどだ。
 宇喜多に悲しい過去などない。裕福な家庭に生まれ、両親からも愛され、体格にも恵まれた。

「……そ、そろそろ時間です」

 監視員が言った。

「分かりました。もう、結構です」
「おいおい、もう良いのか? 檻の中は暇なんだよ。もうちょっと付き合ってくれよ」
「聞きたい事は聞けた」
 
 宇喜多の話を聞いて、女子少年院の久保田院長の言葉の意味を少し理解出来た気がする。

 ―――― ここに来る子の中には殺人を犯した子もいます。
 ―――― ですが、私はそのすべてを悪だとは断じる事が出来ません。

 仮に宇喜多が殺されたとして、その犯人は果たして悪なのだろうか?
 法律上は犯罪者にカテゴライズされる事だろう。けれど、世が世ならば英雄となっている筈だ。
 殺人を盲目的に悪だと断じる事は果たして正しい事なのだろうか?
 この世には宇喜多のような怪物がいる。罪を犯せば捕まえる事が出来るが、それまでは手出しが出来ない。それはつまり、罪を犯すまで指を咥えて待っている事しか出来ないという事だ。
 野放しになっている怪物。結崎悠人くんを殺害した犯人も、そういうものなのではないだろうか。

 ―――― ゆうちゃん! ゆうちゃん!

 あの事件の日、現場で泣き叫ぶ少女を見た。
 あの少女が怪物と出くわした時、万が一にも怪物を殺してしまったら、彼女は犯罪者として裁かれる事になる。

「……間違ってると思うんだよなぁ」

 佐伯は刑務所を後にしながら、そう呟いた。

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