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第七話『ウィザード・ブレイブ』

 双六堂の中に入ると耳にモーター音が聞こえて来た。どうやら、ミニ四駆のサーキットを使用している子供達が居るようだ。そっちは見ないように気をつけながら奥へ向かっていく。
 板張りの床が僅かに軋む音がする。これはわざと鳴るようにしているらしい。入り口からお客さんが入って来た時に気付く為だ。ドアベルにしないのは、その方が子供に受けるかららしい。確かに、子供は床が軋む音が大好きだ。ゆうちゃんもここに来る度にギシギシ言わせて楽しんでいた。

「あら、いらっしゃい」

 奥のレジカウンターに立っていたのは店主の手塚さんではなかった。彼の娘の葵さんだ。

「こんにちは」
「ちわっす」

 子供が大好きな手塚さんは営業時間中、いつも店内にいる筈だ。レジに居ない時は大抵カードゲームで遊ぶか、ミニ四駆のサーキットで実況を行っている。だけど、その気配もない。

「あの、手塚さんは……」
「寝込んでるわ。あなたの弟さんの事がショックだったみたい……」

 葵さんは悲しげに目を細めた。
 手塚さんはゆうちゃんの葬儀にも来てくれた。憔悴した様子だったけれど、あの時は気にかけている余裕がなかった。寝込む程、ゆうちゃんの事を気にかけてくれていたのだと思うと、感謝と申し訳無さがないまぜになる。

「あなたも弟さんの事を聞きたいのよね?」
「は、はい!」
「犯人を捕まえるため?」
「いえ、その……」
「悠斗の体を探す為です」

 まるで悪事を見咎めるように睨みつけてくる彼女に臆したわたしに代わって、浩介が答えてくれた。

「……そう」

 彼女は目を瞑った。そして、少しの空白の後に口を開いた。

「まだ、犯人は捕まっていないの。悠斗くんを狙った犯人が、次はあなた達を狙う可能性もある。だから、私としては警察にすべてを任せて、家で待っていて欲しいわ」
「でも、ゆうちゃんが困ってるんです! 体が無いって! 泣いてるんです!」

 わたしが言うと、彼女は唇をキュッと閉じた。そして、薄っすらと涙を滲ませた。

「……ええ、そうでしょうね」

 彼女は「ごめんなさいね」と一言断るとカウンターの下にあったらしいティッシュで鼻をかんだ。

「……あまり詳しい事は話せないわ。だって、悠斗くんはこの店に来ていないんだもの」
「え?」
「来てない!?」

 わたしと浩介は顔を見合わせた。

「本当よ。警察の人にもカメラの映像を確認してもらったわ」
「で、でも……」

 佳代子さんから貰った資料によれば、ゆうちゃんはお気に入りのカードゲームの新パックに興味津々だったと言う。いーちゃんの家から自宅までの間にカードを売っているお店は他に無い筈だ。

「……あの、『ウィザード・ブレイブ』に新パックが出たのは本当ですか?」

 険しい表情を浮かべながら浩介が葵さんに詰め寄った。

「え、ええ。『竜戦士の伝承』の事よね? これよ」

 葵さんが出してくれたのはかっこいい鎧を着た騎士のイラストが描かれたカードパックだった。

「……あれ?」

 わたしはこの騎士に見覚えがあった。

「これ、新パックじゃないですよね?」
「え? 新パックよ?」
「だって、何週間も前にCMで好評発売中って……」

 ウィザード・ブレイブはアニメが放映されていて、その合間の時間によくカードパックのCMを流している。この騎士は『竜戦士ゾルディアス』という名前で、主人公のライバルが最近になって使い始めたカードだ。CMでは彼が『我が剣よ、ここに来たれ! 竜戦士ゾルディアス! このカードでオレは勝利を切り開く!』と勇ましく叫んでいた。そして、そのままのテンションで『好評発売中だ!』とも叫んでいた。
 ゆうちゃんは本当にウィザード・ブレイブが大好きで、一緒に見ているとわたしに『このカードはこういう効果があって!』とか、『このカードはこのカードと組み合わせると強い』とかを一生懸命教えてくれた。

「え、ええ。発売したのは2週間前よ」
「ぜ、全然最近じゃないじゃん!?」

 わたしは佳代子さんから貰った資料を広げた。

 ―――― ウィザード・ブレイブに新パックが出たの知ってる? ぼく、早速買ってもらったんだ!
 ―――― え? そうなの!? 僕も欲しい!

 この場面の会話があったからこそ、わたし達は双六堂を訪れたわけだ。だけど、新パックが発売されたのが2週間も前となると、この会話は大分おかしいものになる。

「佳代子さん、ウソを吐いた……?」
「……いや、それはない」

 浩介が言った。

「どうして?」
「だって、警察が来てただろ? つまり、同じ話を警察にもしてるって事だ。俺達だけならともかく、警察にまでウソなんて吐かないだろ」
「そっか……」
「ちょっと、その紙を見せてもらってもいい?」
「あ、はい」

 言われるまま、わたしは資料を葵さんに見せた。

「……うーん。オリパの話かもって思ったけど、『ウィザード・ブレイブに新パック』っていう言い方だと違うわね……」
「オリパ?」
「オリジナルパックの略よ。専門のカードショップとかで販売されているの。公式じゃなくて、言ってみればカードの福袋ね」
「なるほど」
「たしかに、オリパならこういう言い回しにはならないよな……」
「……ちなみに、この近くでオリパを売っているカードショップはありますか?」
「結構あるわよ。ここから10メートルくらい先にも一軒あるし、市内だけで20店舗近くあるもの」
「そんなに!?」

 予想以上の数字にわたしは目を丸くした。

「最近は大人でもトレーディングカードに嵌まる人が多いのよ。それで、一部のカードは高額で取引されていて、資産運用にも利用され始めているの。だからかしらね」
「し、資産運用……? ウィザード・ブレイブで?」
「一枚のカードに100万とかの値段が付けられたりしてるの」

 わたしは呆気に取られた。ゆうちゃんが夢中になっているカードゲームにそこまでの価値があるとは思っていなかったからだ。

「……とりあえず、近所のカードショップを回ってみよう」

 浩介はスマホを弄り始めた。マップアプリにカードショップと打ち込んでいる。それだけでアプリは近隣のカードショップの位置を割り出してくれた。

「こっから蘭子の家までに五軒もあるな……」
「地味に激戦区になってるのよね……。まあ、おかげでうちは子供達にちゃんとパックを売ってあげられるんだけど」
「どういう意味ですか?」
「資産運用にも利用され始めてるって言ったでしょ? 最新パックのレアカードとかにも高値が付けられるから、それを狙ってパックを買い占める人が結構いるのよ。おかげでおもちゃ屋なのに子供に売ってあげられなくなってるお店もあるみたい。うちは完全に子供向けっていう内装にしているし、カードゲームの対戦場所も17歳までって決めてるから、そういう人達は大抵他のカードショップに買いに行くんだけど、それでもうちで買い占めようとする人もいるのよ。そういう時はこの札を出してるわ」

 葵さんはA3サイズのポップを取り出した。そこには『お一人様、3パックまで』と書いてある。
 
「それでも一度店を出て、帽子やサングラスを変えて何度も買いに来る人がいるんだけどね」

 彼女は疲れたように言った。

「お客様には違いないのだけど、そういう人達って、かなり独特な雰囲気があって、子供達が怖がっちゃうのよね……」

 相当困っているらしい。彼女は深々と溜息を零した。

「一時期はカードの取り扱いを止めようかとも思ったわ。でも、子供達が悲しむし……」

 目が座り始めている。

「とりあえず、カードショップを巡ってみるか」

 どう声を掛けたらいいか分からずにいると、浩介が言った。

「う、うん」
「ああ、ごめんなさいね。私ったら、つい……」
「い、いえいえ……、お疲れさまです」
「……ほんと疲れるのよね」

 わたしと浩介は何とも言えない空気の中、双六堂を後にした。

「とりあえず、近場から回ってみるか。えっと、こっからだと『カードショップ・アース』が近いな。さっき言ってたのはここか」

 多分、葵さんが言っていたお店だ。あっという間に到着したそのお店は雑居ビルの中にあった。
 とても不気味な雰囲気だ。ゆうちゃんが一人で入って行けるとは思えない。だけど、もしかしたらと考えて中に入った。階段とエレベーターがあり、エレベーターで昇る事にした。

「うわぁ……」

 チンという音と共に降りて来たエレベーターは狭い上に壁が黄ばんでいて、まるでホラー映画にでも出てきそうな雰囲気だった。フロア案内板を見ると、囲碁や麻雀のフロアの他に、風俗らしいお店の名前まで並んでいる。

「ここには来てない気がする……」
「分からないぞ。悠斗は結構行動力があるからな」
「万が一にもこんな所に来てたなら、後でお尻ペンペンだよ」
「……手加減してやれよ」

 エレベーターが止まった。外に出ると、すぐにガラス扉が現れた。そこにはまるで文化祭で作るようなチャチな看板が掛けられていた。なんだか奇妙な生き物のイラストも描いてある。

「これなんだろ?」
「アースだろ。ウィザード・ブレイブのモンスターだ。たしか、一つ前のアニメで主人公が切り札にしてた筈だ」
「へー」

 だから、店名が『カードショップ・アース』なのだろう。

「いらっしゃい!」

 中に入ると威勢の良い声が響いた。タオルを頭に巻いた、まるでラーメン屋の店主のような男がテーブルにカードを並べている。

「ゆっくり見て行ってくださいね。そっちがウィザード・ブレイブ。そっちがアグレッサー・サヴァイブ、そっちがイェーガー・ユニオン、そっちが魔法少女戦記ルナティックです」

 モンスター達のカードに取り囲まれている中で、可愛らしい少女達のイラストが描かれたカードが並んでいる。なんだか異様な光景だ。

「バトルフィールドはお使いになりますか?」

 広げていたカードを纏めながら、店主らしい男性が問い掛けて来た。

「あっ、いえ! その……」
「伊山小学校の事件を知ってますか? その件で話を伺いに来たんです」
「伊山小学校って……、あの?」

 店主は途端に険しい表情を浮かべた。

「知ってっけど、話ってなんだよ?」
「ここに被害者の少年が来ませんでしたか?」

 浩介は物怖じせずに切り込んだ。

「……お前らさ、探偵ごっこでもしてんのか?」

 店主の声は明らかに不機嫌だった。

「ちっちゃい子が殺されてんだぞ! 不謹慎だろうが!」
「……身内なんです」
「あ?」

 浩介の言葉に彼は凍りついた。

「わたしの弟なんです」

 わたしが言うと、今度はオロオロし始めた。

「……えっと、それは……、その、御愁傷様です」

 彼の顔には罪悪感が滲んでいる。最初は怪しいお店の怪しい店主と思ったけど、それは思い違いだったようだ。少なくとも、悪い人には見えない。

「で、でも、なんでうちに? ここ、見たら分かると思うけどよ。小さい子は寄り付かないぜ?」
「悠斗……、被害者の少年はウィザード・ブレイブのパックを何処かに買いに行った可能性があるんです。だけど、子供がよく行くおもちゃ屋には来てなくて、それなら近隣のカードショップに向かったのではないかと……」
「……って言ってもなぁ。うちに子供は来ないぜ? 来たら、もちろん歓迎するけどよ。さすがに小学生は親子連れも来ないぜ」
「そうですか……」

 予想通りの答えだったけれど、またも手掛かりなしだ。溜息を零しそうになる。

「……えっとな。子供が行きやすいカードショップってなると、『レオン』とか、『伊丹屋』辺りだと思うぜ」
「レオンって、ゲームショップの?」
「ああ、最近はそういう認識なんだな。元々はレンタルビデオの店だったんだけど……」
「レンタルビデオ?」
「うーん、ジェネレーションギャップを感じるぜ……」

 店主は何やらショックを受けている様子だ。

「えっと、レオンでカードパックを売ってるんですか?」
「ああ、最近はバトルフィールドもあったり、カードに力を入れてるみたいだ」
「あの、バトルフィールドって?」
「カードバトルのバトルフィールドさ。そこにもあるぜ。机に専用のシートを載せただけだけど……」

 そこには細々としたイラストや四角い枠がいくつもあるシートがあった。それは布製のようだけど、ゆうちゃんも紙製の似たものを持っていた筈だ。たしか、ゆうちゃんは『バトルシート』と呼んでいた。

「なるほど」
「とりあえず、レオンに行ってみよう。ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました!」
「ああ……、えっとな。余計なお世話かもしれねぇけど、犯人はまだ捕まってねぇからな? 暗くなる前には帰れよ? あと、その……、げ、元気出せよ?」
「……はい。ありがとうございます」

 この人は本当に良い人だ。

「今度はゆうちゃんと来ますね!」
「……え?」
「ら、蘭子。行こうぜ」
「え? うん!」

 浩介はわたしの背中を押した。店を出る直前、店主は少し震えた声で「待ってるぜ」と言った。

「はい!」

 そして、わたし達はレオンに向かった。

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